【愛の◯◯】余所行きの服装の彼女から◯◯……

 

『KHK(桐原放送協会)』が復活したという情報は既に入ってきていた。1年生の男子女子1人ずつ、計2名で活動しているという。放送部の協力も得つつ活動を進めている。校内放送の『ランチタイムメガミックス』も健在なそうである。嬉しい。

それに、ぼくが3年生の時に開催した『KHK紅白歌合戦』が引き継がれ、去年の2学期終業式の日に『第2回 KHK紅白歌合戦』が催(もよお)されたというニュースも届いてきていた。偉いものだ。構成員が1年生の2人だけだというのに、もうそんな大イベントを実行してしまうなんて。もちろん、ぼくが立ち上げたプロジェクトを引き継いでくれたのも非常に嬉しい。

復活したKHKの構成員の2人と会ってみたい。そういうキモチを否定できない。問題はどのようにしてコンタクトをとるかだ。方法ならば在(あ)った。驚くべきコトに、ぼくの姉が大学で所属しているサークルのOBの方が、教師として桐原高校に着任し、KHKの顧問になっているという。その男性(ヒト)を通せば、有望な生徒の2人と顔合わせができそうなのであった。

 

『肝心なのは日取(ひど)りだな。学校の都合的にも、顔を合わすのなら、春休み期間がベターなのかな』

この邸(いえ)の中で2番目に大きなリビングでぼくは考えている。少しだらしのない姿勢でソファに背中をくっつけながら考えている。眼の前のテーブルにはスマートフォン。持ち上げて時刻を確認したら、午前11時になる直前だった。

『このスマートフォンを使って、春休みのスケジュールを練ってみようか。始めたばかりのアルバイトとの兼ね合いもあるし』

持ち上げた端末の画面を見つめながら、そう思った。

スマホのロックを解除しようとした、その瞬間。

背後にさわり、と女子(ヒト)の気配。

 

× × ×

 

「信じられないぐらい利比古(としひこ)くんはくつろいでるね」

腕組みしながら立つあすかさんに言われてしまった。

彼女は程無くして腕組みを解(と)いたが、ぴたぴたとソファのある場所に歩み寄ってきて、ぼくから見て左斜め前のソファに腰を落ち着けた。

「アルバイト始めたとは思えないよ。今は長期休暇中だし、堕落(だらく)の上に堕落を重ねた大学生みたい」

容赦が無い。しかし、あすかさんが容赦が無いのはいつものコトなので、慣れてしまったぼくは淀(よど)みの無い手つきでスマホをフリックしていく。

「ちょっと、聴いてる!? まさか、SNSの世界に没頭しようとしてるワケじゃないよね!?」

「違います。そういうワケではありません」

キッパリとぼくは即答。

彼女の大きなため息が耳に届く。思った通りというか、予定調和というか。

「わたしは利比古くんよりは忙しいよ。忙しいから、メリハリのある生活をしてるって自負がある」

「へーっ。そーなんですか」

ぼくはまだスマホを見ている。

「午後からね、大学のね、キャリアセンターに行くんだよっ」

彼女の予定を知ったぼくはスマホ画面を人差し指でなぞりながら、

「あすかさんの大学にもキャリアセンターがあったんですね」

「はい!?」

ド派手な驚きを反映した声がぼくの耳にやって来る。

「わたしの大学をなんだって思ってんの!? ちゃんとした大学なんだよ!? 都内の他のちゃんとしてない有象無象(うぞうむぞう)の大学とは違うの」

耳だけは彼女に傾けてあげているぼくは、

「あすかさん。午前中から飛ばし過ぎです」

と注意。

お返事が返ってこない。あすかさんが停滞している。

1つ年上の女子をイジメるみたいになってしまったので、反省し、スマートフォンを卓上(たくじょう)に置き、

「――そろそろぼくは昼食の準備に取り掛かりたいのですが。ご所望(しょもう)のメニュー、何かありますか?」

と言って、あすかさんに眼を寄せてあげる。

よく見るとあすかさんは既に余所行(よそゆ)きの服装だった。キャリアセンターに向かう身だしなみになっていた。ぼくのだらしなさをたしなめてきた彼女だったが、今の身だしなみを見ると、たしなめたくなるキモチも理解するコトができた。

背筋を伸ばし、さらに眼を寄せてあげる。

眉間(みけん)を険しくしている彼女。

その口から、やがて、

「野菜を主体とした炒め物と、野菜を主体としたスープ」

と、リクエストが発せられる。

「ずいぶん漠然じゃありませんか?」

ぼくが言えば、

「試してるんだよ、利比古くんを」

と彼女が言い返す。

「漠然としたリクエストから、如何(いか)にして美味しい昼ご飯を作り上げられるのか……。それを試してるってコト」

彼女はそう続ける。

ぼくはシンキングタイムに入ろうとした。野菜を主体として、具体的にどんなメニューが、ぼくの料理の腕によって作れるだろうか。

ところが、ここで予想外な事象。

具体的なメニューを考え始めようとしたまさにその瞬間、左斜め前のあすかさんがソファから立ち上がった。

立ち上がるタイミングに違和感を覚えるぼく、だったのだが、ずんずんと彼女がぼくの場所に前進してきたから、昼食のシンキングタイムが完全に妨(さまた)げられる。

彼女の勢いに脅威すら感じたし、いったいどこに移動するつもりなのかという不安も出てきてしまっていた。

彼女が次に腰を落ち着けるポジションが怖かった。

あすかさんはぼくの眼の前を通り過ぎる。ぼくから見て右斜め前で立ち止まる。

一気に接近してきて、その帰結として……ぼくの右隣に着座してきた。

ただの着座ではなかった。距離が近過ぎるぐらい近い。というか、距離が無い。左腕や左肩をくっつけてくるワケではもちろん無いけど、ぼくが濃厚に彼女の空気を感じ取ってしまうポジションに来ている。

「どうしたんですか……。どうして移動をしたんですか」

訊き出したくて、声をひねり出すけど、

「利比古くんって、3月が旬(しゅん)の野菜がパッと思い浮かぶほど、お料理関連スキルが向上してるのかなぁ?」

と、彼女は、取り合ってくれない。

隣の彼女をチラチラとしか見るコトができない。

余所行きの服装の彼女から、大学生というよりも社会人寄りの空気が醸し出されているような感じがしてしまい、野菜のコトなど一切分からなくなってしまう。