【愛の◯◯】梅雨時も読書タイム

 

カツオとイカのお刺身がメインの夕ご飯を食べている。

「なんだか今日はジメッとしてたわね」とわたし。

「確かにな」とアツマくん。

「ジメジメで気怠(けだる)かったから、お昼寝しちゃった。1時間ぐらいだったけど」

とわたしは言って、

「あすかちゃんからもらったアザラシのぬいぐるみ抱きながら寝たら、気持ち良かった」

と言う。

お吸い物を啜(すす)ったあとで、アツマくんは、

「アザラシちゃん効果か」

「そーよ。アツマくんも抱いてみる? あとで」

「んー」

彼は約10秒だけ考えて、

「そのアザラシちゃんは、愛の専用にしたらどーかな」

「え、どうして」

「独り占めにできるほうが、愛も嬉しいだろ?」

えーっ。

「あなたって微妙な理屈ばっかり考えつくのね」

「悪(わる)うござんした」

「ペナルティよ」

「え」

 

× × ×

 

さてさて。

夜9時になると同時に、「読書タイム」に突入する。

1時間半の1本勝負。

お互いの読みたい本に1時間半かぶりつく……というわけ。

 

「アツマくんなに読むの」

背後から覗き込んでみると、

「あ。斎藤幸平の『人新世の「資本論」』」

「そーだよ。おれもたまには、マジメにこういったテーマに向き合うのさ」

「カッコつけたこと言うわね。残念ながらカッコつけただけで、むしろダサいまであるけど」

「おのれはどこまでもおれをフキゲンにさせたいんか……」

「ごめんごめん」

「けっ」

「ごめんなさい♫」

「……。ゆるしてやる。」

「流石」

アツマくんの背後に立ち続けるわたしは、一旦は彼を「持ち上げ」つつも、

「でも、ベストセラーの周回遅れっていう感じは否めないわね~」

と、結局は煽る。

「周回遅れでなにが悪い!」

スネるように彼は言い、

「ほとぼりが冷めてから読む。だから、ちょうどいい『温度』で読むことができるんだ」

と言うが、

「そういう趣旨のことを言うには、あなたはまだ早いと思うんだけど?」

とわたしは反撃。

「熟練が足りないわ、ベストセラーとの付き合いかたについて云々するには」

――彼はスネっぱなしになって、

「うるさいうるさい。早くおまえが読む本を持って来やがれ」

乱暴ねえ。

乱暴だけど、

「わかったわよ。――ブツクサ言ってたら、いつまで経っても始まらないものね」

 

で、持って来た。

飯田隆さんって分かる?」

「分からん」

「うそーーっ」

「わ、分からんから、分からんと言ったんだ」

「哲学者」

「有名なのか?」

「その筋では、とっても」

「へえぇ」

 

で、ページに眼を通し始めた。

40分ほど経過したところで、突然アツマくんが、

「愛、おまえさ……。95%ぐらい、戻ってきたよな……」

とか言ってきた。

わたし、大事な部分を読み込もうとしてたんですけど。

あと、

「主語は? どうして主語を省略するのよ。『なにが』わたしに戻ってきたってゆーの」

筋力。

「は、はい!?!?」

「読書の、筋力だよ。」

「え……もしかして、『歯ごたえのある本を読みこなすのを苦にしなくなった』とか、そーゆーことが言いたいの、あなた」

「まさに」

彼は、おどけるように、

「読書の『インナーマッスル』……ってとこだ」

……おバカ。