【愛の◯◯】愛とあすかの「修学旅行」(1日目)

戸部邸・早朝

 

『ムニャムニャ』

 

がばあっ

 

「げえっ、愛」

 

(布団をはぎ取った愛が、ベッドの前に立っている)

 

「起きてよ、アツマくん」

「まだ早いよ」

「バカっ、東京駅ってけっこう遠いのよ」

「おまえはすぐ『バカ』って言うなあ」

 

(おれにつかみかかって起こそうとする愛)

 

「あんたが切符持ってるんでしょーがっ」

 

(おれのからだをムチャクチャに揺り動かす愛)

 

わかった、わかったから……

 

あやうく、二度寝しそうになった。 

 

× × ×

 

のぞみ車内

 

「ふぁ~」

「寝不足なの?」

「放っときましょーよ、おねーさん。

 グミ、食べませんか?」

「あ、食べる♫」

おねーさん、あれ浜名湖ですよね!?

ほんとだ! 名古屋にもう近づいてるんだ

 

ーーうるせえよ。

 

× × ×

 

・愛が岩波文庫を読み始めた

 

「ーーなに読んでるの?」

「知らないの?!

 和辻哲郎の『古寺巡礼』よ」

 

 

古寺巡礼 (岩波文庫)

 

 

知らなくてごめんなさい。 

 

「誰ですか? ワツジさんって」

「哲学者よ。京都大学の先生だったの」

「へぇ~」

「若いころの旅行記で、奈良近辺のお寺のことがいっぱい書かれてるの」

 

それでその本を持ってきましたってわけか。

(-_-;)にしても、あすかには親切に教えるのな。 

 

× × ×

 

京都着

 

「うわぁ~、京都駅って、こんな風になってるんだ~」

「思ったよりスケール大きいんですね~」

「じゃあ荷物預けて、駅ビルで昼飯。そのあとでバス乗り場ーー」

「ちょっと待ってアツマくん」

「なに」

「バスに乗る前に、ICOCAを買ってチャージしとくのよ」

「あー、Suicaみたいなもんか」

「電車でもコンビニでも1枚ですむでしょ」

 

時代はキャッシュレスだなー。 

 

× × ×

 

京都駅ビル

 

「あ、ピアノがある」

「本当だ、ピアノが置いてある。

 さすがにおまえ、気づくのはやいな」

 

「ね、ねぇアツマくん、こういうのって、自由に弾いちゃっていいものなのかな…」

「そのために置いてあるんじゃないのか?」

「そうですよぉ。

 弾いたらどうですか? おねーさん」

 

「それなら、誰も待ってないし、

 お言葉に甘えて、

 少しだけーー」

 

(ピアノの前に座る)

 

(演奏しはじめる)

 

通りかかる人が足を次々に止める

 

人が群がっていく

 

 

「(;´Д`)オイオイどうなってんだよ」

「でもすごい。

 この大観衆で、物怖(お)じしてない。

 リサイタルみたいになってる」

 

 

演奏終了

 

パチパチパチパチパチパチパチパチ…

 

『ブラボー!』

 

「(照れて)……てへへw」

 

× × ×

 

「(少しほっぺたを赤くして)

 ーー目立っちゃった。

 スタンダードなクリスマスナンバーにしたから、余計に」

 

「…おまえ、ピアニストっつー将来の選択肢もあるんじゃなかろうか」

「あ、それステキ!!」

「……ならないわよ。

 チヤホヤされすぎると、調子に乗っちゃうから」

「(;´Д`)なんじゃそりゃー」

「すごい理由ですね……

 でもおねーさんらしいかもw」

 

妹よ、

ヨイショするのも控えめにな……。 

 

× × ×

 

「ねーアツマくんわたし金閣寺行きたい!

 三島由紀夫三島由紀夫三島由紀夫!!」

 

https://tshop.r10s.jp/book/cabinet/0089/9784101050089.jpg?fitin=200:300&composite-to=*,*|200:300

 

「わーったわーった」

 

× × ×

 

鹿苑寺金閣

 

金閣寺って焼けちゃったことがあるんですよねー」

「そうよ。三島の『金閣寺』は、その時の放火犯人の一人称小説なの」

「読んでみようかな~」

「むずかしい文体だけどね」

「さっきおねーさん、三島由紀夫の名前連呼してましたけど、そんなに三島のファンだったんですか?」

「そんなに?」

「え」

 

肩すかしかよ! 

 

「『三島由紀夫レター教室』にオタクの出現を予見させるような部分が垣間見られるのなんかは、とても興味深いと思うんだけど……」

「ーー次は銀閣だな」

「ちょっとアツマくんせかさないでよっ」

 

× × ×

 

えー、銀閣にも行きましたが、

諸般の都合により、省略。 

 

× × ×

 

「おまえら、これが修学旅行と思っとけよ。

 ふたりとも、どっちの学校も、修学旅行ないんだからなっ」

清水寺行っとかなきゃ」

「そうよねーあすかちゃん。修学旅行っていったら、清水寺だよねー♫」

「修学旅行の定番だったら最初に行っておくもんじゃねーの?」

「順番はどうだっていいでしょーがっ💢」

「そうよアツマくん。

 修学旅行じゃないんだから

 

「……愛さん…矛盾って言葉、わかりますか…」

 

 

「ちなみに『清水寺』を名乗る寺は全国津々浦々に存在するらしく、このブログの中の人の住んでる地方にもあるそうだ」

「お兄ちゃん、それ、誰得情報!?」

「チェッ」

 

清水寺への参道(坂道)

 

「坂になってるのね」

「おい愛、あすかの歩きに合わせて歩いてやれよ」

「わかってるわよ」

 

「ーー疲れたら言えよ、あすか。

 おまえはライブのぶんの疲労も溜まってんだから」

「……うん、お兄ちゃん、ありがとう」

 

「えらいね、アツマくんは」

「兄として当然の気配りだ」

 

× × ×

 

 

ーー、

愛の背中を追うようなかたちで、

あすかとピッタリ並んで、

参道を歩いた。 

 

「ーーいい雰囲気だね。」

「そうだな。」

 

「来てよかったよ。

 これがお兄ちゃんのクリスマス・プレゼントだね。

 

 ……ライブのあとで、かけてくれた言葉も、うれしかった、けどね。

 

 ……いろいろありがとう。

 今年は。」

 

「妹よ」

「はい…」

「だんだん声のトーンが湿っぽくなってるぞ。

 もっとパーッと明るくいこうやw」

「ええーっ!?

 お兄ちゃん……、

 デリカシーなさすぎだよww

 サイアクwww」

 

 

笑い続けるあすか。

笑い声が、透き通った冬空に明るく響く。

 

おれは、

あすかのサンタさんに、

ようやくなれたみたいだ。

 

父さん。

おれ、これからもずっと、

あすかのサンタさんになってやるよ。

父さんとおれとの、

約束だ。 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

奈良・某ホテル

ツインルーム

 

「東京とうつるテレビ、ほとんど変わらないのね」

「そりゃそーですよ。

奈良テレビ』ってチャンネルがあるぐらいですかねー、違いは」

 

「……、

 アツマくん、

 ひとり部屋で、

 さみしくないかな」

「(満面の笑みで)

 行ってみたらどーですか?w」

「い、いいよ。

 明日すぐまた会えるからっ」

「どのみち、あっちのベッドはひとつだけどw」

「こら」

 

× × ×

 

「ところで、奈良にも商店街ってあったのね」

「けっこう栄えてましたねえ。さすが観光都市……」

「さびれてなくていいわよね。

 かといって、人混みでごった返してるわけでもなかった。

 わたし、奈良の街の雰囲気、気に入ったかもしれない。

 住みたいとか、そういうんじゃなくってね」

「定期的に来たい、ってことですか?」

「よくわかったねあすかちゃんw」

 

「でも、まだシカに会ってないです」

「そうねえ。

 ーーあすかちゃん、あしたはずっと奈良公園のあたりにいようか」

法隆寺とかに行きたいんじゃなかったんですか?」

「古寺(こじ)めぐりは、またいつでもできるわよ」

「おねーさんもしかしてわたしの体力を気づかって」

「それもある」

「だいじょーぶですよお」

「シカが見たいでしょ?w」

「でも!」

「さっきも言ったけど、この辺りの雰囲気が気に入っちゃったのよw

 国立博物館もあるみたいだし。

 あとーーわたしも、シカに会いたくてしかたないの、実は」

「シカに会いたくてシカたないって、ダジャレですか」

「それもある!w」

「おねーさんって時たまダジャレ言いますよね」

ど、どうしてわかるの!?

 

× × ×

 

「いいですよ、そーゆーことで。

 明日、兄にもそう言いましょ」

「ありがと。

 じゃ、そろそろ寝ようか、早起きしてもう眠くなってきたし」

「そうですね」

 

 

・消灯

 

「あすかちゃん」

「はい?」

「今、気になる男の子とかいないの~?」

だ、だしぬけになんですかっ!?

「失恋の傷はまだ癒(い)えないか」

「いや、そんなキズあとはもう残ってませんけどっ!!

 そんな人、いません!!!」

 

「そっかあ。

 …利比古が、来年の春からわたしたちの邸(いえ)に住むことになってるじゃない?」

「そういえばそうでしたね」

「…楽しみよね?」

「(非常にそっけなく)はい。

「(^_^;)いや、利比古の実の姉としては、もうちょいワクワクしてほしいかもなー、って」

 

「zzz…」

 

「(^_^;)ーーおやすみ。」