熱いコーヒーはほぼ飲み切っている。利比古(としひこ)くんの部屋。カーペットに腰を下ろし続けて、利比古くんの様子を観察している。
ベッドに腰掛けている利比古くんはタブレット端末から眼を離さない。
「利比古くん? タブレットには時刻が表示されてるよね?」
わたしのこういう問い掛けなど意に介さないように、わたしのボーイフレンドは、
「されてますが、それが何か」
「だったら、利比古くんだって分かるでしょっ、日没時刻が迫ってきてるって」
「あー」
ボーイフレンドは気の抜けた声で、
「確かに、迫ってますね」
わたしは、
「タブレットでWikipediaしてる場合じゃ無いってコトだよ」
とコトバを鋭く食い込ませ、
「いったいどの放送局のWikipediaを見て時間をムダに消費してるの?」
この問いに利比古くんはアッサリと答えた。「テレビユー山形」なるテレビ局のWikipediaを熟読しているそうな。
「……ぶっちゃけて、あり得ないよね。12月24日の夕方に差し掛かったってゆーのに、ガールフレンドの眼の前で、そんな呑気過ぎる態度を取ってるだなんて」
ついに丸テーブルを人差し指で連打し始めたわたしは、
「わたしにそんなにタブレットを強奪されたいんだ」
とシリアスに言うけど、
「あと数分待ってください。あと数分したら『テレビユー山形』をインプットできるんで」
と躱(かわ)されたから……ついについに丸テーブルを右拳でグーパンチしてしまう。
× × ×
予定時刻より早めに邸(ここ)を出たっていいんだ。
レストランの予約時刻までの暇(ヒマ)は街でブラブラして潰せばいい。
わたしはもうすぐ社会人だから社会人向けの『お高い』レストランだって怖くない。食べるだけじゃなくて、呑む。赤ワインなり白ワインなりを彼と2人で呑んだあとは、ショッピングだ。もうすぐ社会人である身分に相応しいモノが買いたいから、彼にオネダリする。ショッピングのあとは、某・都市公園で歩き回ってクールダウンだ。わたしだけではなく彼の火照りも冷めたのを確認するまで公園に居続ける。どちらも火照りが冷めたあとの行動はオブラートに包む……。
計画はカンペキに近い。わたしの自信に満ちたスケジュールなのだ。
問題は、利比古くんの「ノリ」が良くないコト。
夕方に差し掛かってもタブレットでWikipediaを満喫している御様子が、わたしの焦燥感を加速させる。
ベッドに着座の利比古くんまで迫っていきたいと思った。
力(ちから)ずくでタブレット端末を強奪するだけじゃ、足りない。
強い姿勢・強い態度を示したい。1歳年上の「お姉さん」なんだから。威厳、とはちょっと違うけど、利比古くんに勝る勢いで、屈服させて、そのあとで、彼を「その気」にさせて、クリスマスイブの街まで引っ張っていきたい。
× × ×
いったん正座になった。2回連続で大きく深呼吸した。
それから、
「まだ、分からないんだね。どうしても、分からないんだね」
シリアスさが伝わったのか、利比古くんのタブレットを操作する指が停(と)まった。
正座をほどき、利比古くんのベッドまでぐんぐん進軍する。
「こうでもしないと……分からないってコトなんだよね」
「――川又(かわまた)さん?」
あいも変わらず、苗字呼び。
ムカッとする。
ムカッとするから、カラダを一気に利比古くん目がけて傾ける。
利比古くんは仰(の)け反(ぞ)る。
わたしは利比古くんの両サイドに両手のひらを強く強く押しつける。
のしかかるようにして、彼を押し倒す寸前の状態を産んだ。
彼の背筋力は弱く、背中がベッドにくっつくまでに時間はかからなかった。
肌こそ密着していないけど彼を覆い尽くしている状態のわたしは、
「タブレットを早く棄(す)てなさい」
浅ましくもタブレットを胸の中心に抱えている彼は、
「……棄てろと言われたって」
すぐさま、
「わたしに10回連続でお腹をパンチされたいんだね? ……言っとくけど、痛いよ?」
と脅す。
わたしの暴力の威力を知っているから、彼は観念して、タブレットを脇に置く。
彼を覆い尽くしたまま、
「お食事の時、ワインが呑みたいんだけど」
と言い、
「あなたは、『赤』と『白』のどっちの気分? わたしは、『赤』」
と問いを迫らせる。
苦い口元になってから、視線を横に逸らす彼。
『そっち方面に視線逸らしたって、見るべきモノは何にも無いでしょーがっ……』
とココロのなかで怒っていたら、
「ぼくは……『白』の方の、気分です」
と、冴えない声で答えられて……!!