わたしの彼氏である濱野(はまの)くんもなかなかのハンサムだけど、羽田利比古(はねだ としひこ)くんはもっともっとハンサムだ。
利比古くんは身長168センチらしい。濱野くんより小柄だというコトだ。そして、165センチのわたくし徳山(とくやま)すなみとあまり背の高さが変わらない。
でも、控えめな体格が何だっていうのだろう。ひとたび利比古くんの顔を見たら、そのキラキラしたお肌やキラキラした両眼に魅入られてしまう。わたしだけじゃなくて女子であればみんなそういう反応になってしまうんでは無かろうか。……いや、女子だけじゃない。男子にしたって、利比古くんの輝きに必ず魅入られてしまう……!!
「あのー徳山さん、だいじょーぶですか……?」
あっ。利比古くんに違和感を芽生えさせてしまった。
利比古くんは真向かいのソファに座っているのだ。ここは、利比古くんが『居候』しているお邸(やしき)のリビング。お邸に元から住んでいてわたしの親友である戸部(とべ)あすかさんは、このリビングに『リビングB』という名前を付けたという。邸内(ていない)で2番目に規模の大きいリビングだから『リビング『B』』であるそうな。
「ごめんなさいね」
軽快に謝るわたしは、
「利比古くんがあまりにもイケてる男子だから、ビューティフルなフェイスをついつい眺め過ぎてしまったわ」
「びゅ、ビューティフルなフェイス、って」
狼狽(うろた)える利比古くん。
狼狽えた直後に恥じらい始めていく利比古くん。
こういうトコロがカワイイから、わたしの胸はくすぐられる。
「……そもそも」
立て直さんとする利比古くんは、
「かなり連絡が急でしたよね、お昼前になって、ぼくのLINEに『今からお伺(うかが)いするわ』って……。急いで済ませなきゃいけない用事のために邸(ここ)に来たんですか? 例えば、あすかさんと何か約束をしてたとか」
「用事も約束も一切無いのよ」
わたしのストレートなヒトコトによって困り顔になる利比古くんが、
「だっだったら、どうしてこんなトコロまで、安くはない交通費を使って」
「あのね利比古くん、交通費なんてものは、『プライスレス』なのよ」
「プライスレス!?」
背筋を伸ばしてしまう利比古くん、であったのだが、
「あなたの顔が見れただけで、『収支』は大幅にプラスになるんだから♫」
とわたしにからかわれた途端に、カワイイ猫背になるのであった。
× × ×
わたしは利比古くんの1個上だけど、利比古くん同様に大学3年生である。なぜなら、浪人して今の大学に入ったからだ。
「就職活動シーズン前の束の間の平和よね、今の時期は。わたしにとっても、あなたにとっても」
「そうですね。ただ、『進路を上手く定められるのか』って不安は少し出てきてますけど」
進路、かぁ。
スカートの両膝部分にそっと両手を置くわたしは、
「お邸(やしき)2階フロアのあなたの部屋の間近にある部屋で寝起きしてる戸部あすかさんは、半年後にはスポーツ新聞の記者という肩書きを得るワケで」
と親友女子に言及し、
「あすかさんは、カッコよく進路を決められたモノよね」
と親友女子を褒(ほ)め称(たた)える。
それから、
「共同生活者として、『彼女を見習いたい』って思ってるんじゃないの?」
と真向かいソファの彼に問いかける。
苦笑する彼は、
「そういうキモチはあります。あすかさん、なんでもテキパキしてますし」
と応答。
『なんでもテキパキしてる』とあすかさんを評価する利比古くんを、わたしはジックリと味わいたいと思った。
しかし、長く味わうヒマも無く、わたしの背後からスリッパの音が接近してくるのを感知する。
そのスリッパの音は戸部あすかさんが奏でる音以外にあり得なかった。
ペタペタ、というスリッパの音。長年の親友だから、振り向かなくてもあすかさんのスリッパ音(おん)だと分かる。
「……来てたんだ、徳山さん」
わたしのすぐ後ろから長年の親友の声。
ここでわたしは、ニッコリとして振り向く。
「来てたのよー」
と言って、あすかさんと眼を合わせようとする。
でも、あすかさんの顔は、下向き。
顔が下向きになっているだけではなく、口が過剰に結ばれている。口元が強張っているような感じがする。
どうして口元が強張るんだろう……と、わたしは一旦思案を始めるけど、通じ合った親友女子としての直感が冴え渡るコトによって、強張りの理由がすぐに浮かび上がってくる。
あすかさんは、利比古くんの方角に、眼を向けられない。
そして、眼を向けられないのには、フクザツな事情が絡みついている。
どういう「背景」でこういう風になってしまっているのか。……それを覚(さと)れないほど、わたしは情報に弱くは無くって。
あすかさんはクルッ、と背中を向ける。わたしにも利比古くんにも背中を向ける。
面白い背中の向け方だと思った。
× × ×
『リビングB』にあすかさんが居たのは3分未満だったと思う。
デリケートだから、3分以上は居られなかったんだと思う。
そういうデリケートさも面白いけど、あすかさんの内部を掘り下げていく作業は、後から幾らでもできるんであって。
少し冷めたコーヒーをコーヒースプーンでクルクルとかき回してみる。
それから、イジワルな感情を発動させつつ、真向かいソファのハンサムボーイに視線を上昇させてみる。
真向かいソファの年下男の子に隙(スキ)を与えたくなかったから、
「せっかく邸(ここ)までやって来たんだし――わたし、利比古くんの『趣味』を掘り下げてみたいわ」
「シュミ、ですか?」
きょとーん、な利比古くんに対して、
「あなた、午前中は、タブレット端末でウィキペディアを閲覧して過ごしてたんじゃないの」
とコトバを繰り出してみる。
利比古くんの頬(ほほ)の上辺(うえあた)りが仄(ほの)かに染まる。
「え、図星だったの」
遊ぶように訊くわたし。
応答するのをやや躊躇(ためら)う利比古くん。
でも、やがて、
「ウィキペディアだけを……してたワケじゃないですから」
と、ふにゃけた声が利比古くんの口から発せられてくる。
ウィキペディアを『する』だなんて、面白い日本語ね。
帰国子女であるがゆえの言い回しなのかしら。
まあ、いいか。
肝心なのは、『ウィキペディアを閲覧していたのを、利比古くんは否定していない』ってコトだ。
「ウィキペディアだけをしてたワケじゃないけど、ウィキペディアもしてたのよね」
「……ハイ」
「今日の午前中は、どの放送局のウィキペディアを読んでたの?」
わたしのアタックがクリティカルヒットしたらしく、利比古くんのステキなステキな両眼が大きく見開かれる。
利比古くんが『放送文化大好きっ子』なコトぐらい120%インプットしている。見た目とは本当に裏腹のマニアックな側面が強い印象を与えないワケが無い。
『オタッキー』、なんて……昭和の遺物なコトバか。
それはそうとして、
「利比古くん!! あなたのテレビやラジオに対する執着って、ホントーにスゴいと思うのよ!! 良い意味で、ホントーに尊敬しちゃうわ」
こういうコトバで持ち上げておきながら、わたしはわたしのカラダを前に傾けて、
「それで、どの放送局のウィキペディアを読んでたの?? 教えてくれるまで、わたし、この場を離れないわ」
一気に追い詰められていく、ハンサムな年下の男の子。
一気に追い詰められていっているから、168センチのカラダが165センチ以下のカラダのように縮こまっていく。
わたしは黙って見ている。できる限り優しく。さらに、その優しさに、彼の口が開くのをどこまでも待つ辛抱強さを付け加えて。
視線が安定しない彼がいる。
こういう不安定さも、楽しめる。
……残りのコーヒーを消化しつつ待ち構えよう、と思っていたんだけど、コーヒーカップの把手(とって)に指をかける寸前で、
「ひろしま……ホーム……テレビ」
という『回答』が、彼の口からこぼれ出てきたのであった。
× × ×
気になるのは、やっぱり、『ホームテレビ』の、『ホーム』の部分。