藤ノ森明菜(ふじのもり あきな)というのが、【第2放送室】を訪ねてきた新1年女子の名前だった。なんだか、80年代アイドルみたいな名前だな。
タカムラかなえ(160センチ)よりやや低い背丈。タカムラ(黒髪ストレート)と違ってベリーショート。
少年と少女が混ざり合ったようなイメージを醸し出しているようにおれは感じる。
「明菜ちゃんは、どうしてわたしたちのクラブ活動に興味を持ったの?」
おれが座るパイプ椅子の右隣のパイプ椅子に座るタカムラが大きな声を出す。というか、もう『明菜ちゃん』呼びかよ。
「もともと、去年の春の時点で、この高校が第1志望だったんですけど」
おれ&タカムラの真向かいから、やはりパイプ椅子座りの藤ノ森さんが応答してくる。なんというか、意表を突くソプラノボイスである。
「去年の秋に、『桐原(きりはら)高校では、昼休みに毎日、ラジオ番組を生放送している』って情報が流れてきて。『楽しそうだな~~、あたしも、昼休みにしゃべってみたいな~~』って思って」
『ランチタイムメガミックス』のコトだ。
『楽しそうだな~~』というキモチを持ってくれて、素直に嬉しい。……そうか、藤ノ森さん、自分も『ランチタイムメガミックス』のパーソナリティを務めてみたいんか。しゃべるのが得意で好きなんかな。
「それと」
一層ニッコリとした表情になると共に、藤ノ森さんが、
「去年の2学期の終業式が終わったあとに、『KHK紅白歌合戦』を開催したんですよね? 『KHK紅白歌合戦』の情報も、冬休みの内に伝わってきていて。『ああ、そんな一大(いちだい)イベントを開催するだなんて、企画したヒトは、すっごいエネルギーの持ち主なんだろうなあ……!!』って、あたし、とっても感激したんですよ!!」
タカムラかなえの笑顔のレベルが途端に3段階上昇した。
「あのね!! 『KHK紅白』のプログラムとかは、ぜーんぶわたしが考えたんだよ!! 司会者とか出演者とかも、ぜーんぶわたしが交渉して決めたの!!」
3段階以上上昇したテンションで叫ぶタカムラは、藤ノ森さんに向かって前のめりだ。
見かねて、
「『KHK紅白』を立ち上げたのは、コイツじゃなくて、OBのヒトなんだけどな」
という事実を、右隣の腐れ縁3年女子を右親指で指差しながら、藤ノ森さんに伝える。
「タカムラが、『『KHK紅白』の生みの親は、わたし!!』とか虚偽の情報を伝えちまう勢いだから、正しい情報をおれの方から言っておこうと思う」
「なんなのトヨサキくん、その口ぶりは!! わたしのコト、何回バカにしたら気が済むの!?」
怒りを籠めてタカムラが声を飛ばしてきた。
部屋の奥の方のパイプ椅子に腰掛ける藤ノ森さんが笑い声を発してくれた。
× × ×
パイプ椅子を蹴倒(けたお)すような勢いでタカムラかなえが立ち上がり、スタジオの出入り口ドアへとズンズンズカズカ進んでいく。
出入り口ドアを凝視しながら、
「明菜ちゃん。明菜ちゃんに、これから、KHKが昨年度制作したテレビ番組を見せてあげるよ」
「うわぁ、うれしいです~~」
楽しそうな微笑みフェイスの藤ノ森さんがタカムラの背中に向けて声を寄せる。
おれは、パイプ椅子に座ったまま、
「どの番組を見せるつもりなんだ?」
と問う。
するとタカムラは、
「『文系が理系教科について本気出して考えてみた』」
と回答。
オイオイマジかよ。
由々(ゆゆ)しいぞ。
由々しいというのは、
「おれが納得できない部分がいろいろとあったし……『文系が理系教科』は、できれば、見せたくないな」
言った瞬間に大きな音を立ててタカムラがスタジオへのドアをオープンした。
「『文系が理系教科』、わたしは番組の出来(デキ)にすっごく納得してるんですけどっ!!」
大ボリュームで叫ぶタカムラ。藤ノ森さんがビビり出しちまうような絶叫はやめろよっ。
「決めた決めた決めた!! トヨサキくんが『見せたくない』って言うから、『文系が理系教科』、見せる!!」
ムチャクチャなっ。
タカムラがムチャクチャを言うので、パイプ椅子から腰を上げ、スタジオ出入り口へと足を進めていく。
入室し、番組再生のための作業を既に始めているタカムラの後ろ姿の前で立ち止まる。
「他にもいろいろあるだろーが、いろいろ制作しただろーがっ。おまえが一方的に決めるんじゃなくて、藤ノ森さんに見てみたい番組を選ばせるとか、そういう方法も……」
「もんどーむようッッ!!」
またタカムラが絶叫した。おれの胸をゾクッとさせてくるような絶叫ぶり。
たじろぎは拭えないが、
「もう少し落ち着いてもいいだろ? 外の廊下まで漏れちまうような大絶叫は、おまえの喉にも良くないし、藤ノ森さんをビビらせまくっちまう危険性もある」
一気に振り向いてくるタカムラ。
怒りを表しているのは顔だけではなかった。
無言の怒りでおれの前に立ちはだかってくるタカムラ。
新学期早々、厄介な事態の到来かよ……と困り始めていたら、
「あのぉー」
と、背後からソプラノボイスが聞こえてきた。
藤ノ森さんまでもスタジオに足を踏み入れてきていたのだ。
恐る恐る振り返るおれの眼に、藤ノ森さんの姿が映る。
両手を後ろ手に組んで、ニコニコニッコリしながら立っている。
そのニコニコニッコリを眼にしたおれの胸の奥に、不穏さ混じりの違和感が芽生える。
「1つ、訊いてもよろしいでしょーか?」
彼女は、藤ノ森さんは、何を訊くつもりなんだ。何が知りたいっていうんだ。
暑くも寒くもないのに、背中がジュワリ、と良くない汗で湿り始める。
「……番組のコト?」
追い詰められながらも訊くおれ。
「いいえ違います」
首を横に振りながら答える藤ノ森さん。
じゃ……じゃあ、なに!?
「――『おふたり』のコト、なんですけども」
そう言ってきた藤ノ森さんの視線が、おれとタカムラの両方を串刺しにしてくる。
より一層青ざめるしかなくなってくる。
「それだけ、ケンカできるってことは――」
残酷な藤ノ森さんは、残酷にニコニコニッコリしながら……!!