あすかさんがソファの上をゴロゴロゴロ~ン、と転がっている。
「すごいくつろぎぶりですね、月曜の昼間から」
そう言いながらぼくは『リビングD』のソファに座る。転がるあすかさんは、ぼくから見て左斜め前。
ぼくの発言に呼応するようにあすかさんの動きが停まった。
いったん身を起こし、クッションを両手で抱き締める。それから、うつ伏せになってぼくを見てくる。
「これからは、わたしの休日は月曜と火曜なんだもん」
あすかさんは土曜も日曜も勤務していたのである。仕事場所は、千葉県船橋市に所在するJRA中山競馬場。中央競馬は原則として土日に開催されるので、中央競馬担当の記者は原則として土日に休むコトができない。
月曜の昼間からゴロゴロして疲れを癒やしたくなるキモチは理解できる。ゴロゴロし過ぎたり脱力し過ぎたりするのは如何(いかが)なモノかと思うが。
「昨日は、阪神競馬場で、G1(ジーワン)の大阪杯(おおさかはい)があったんでしたっけ」
詳細は省くがとにかくラフな格好のうつ伏せあすかさんに向けて言ってみる。
「あったんだよ」
彼女はすぐに答え、
「ブログの制作スケジュールの都合で、勝ち馬とかはまだ言えないんだけど」
と余計なコトバを付け加える。
「それはブログの読者さんに向けての配慮ですよね? 文字にならなければ、勝ち馬を知る権利がぼくにもあると思うんですけど」
「利比古(としひこ)くんうるさい。勝ち馬なんて、Webで調べれば秒速で出てくるでしょ」
ぐぬっ……。
× × ×
スマートフォンによって勝ち馬を秒速で知ったあとで、タブレット端末を両手で持ち、Wikipediaで大阪府のラジオ局についてリサーチし始める。
あすかさんは依然としてぼくの方を向いてうつ伏せ。音楽雑誌をペラペラとめくっている。
『FM802(エフエムはちまるに)』の記事を閲覧しつつ、彼女の動きにも時折眼を配る。
大阪府のラジオ局リサーチは実は『時間稼ぎ』だった。
Wikipediaを閲覧するコトで時間を稼ぐと共に、とても大事な報告をするタイミングを模索しているのだ。
今日の昼間の内に『報告』をするかどうか、迷った。
でも、鉄は早い内に打った方がいいと思い、迷いを断ち切った。
あすかさんが、ぼくの『報告』を受け止める最初の人物になる。
『真っ先に、あすかさんに言うべきだ』という想いがあった。
ほとんど直感のようなモノだったが、【そのコト】を最初に伝えるべき人間はあすかさんの他にはいないと思った。
『FM802』の記事に最後まで眼を通したところで、タブレット端末を右横に置き、眼を閉じて深呼吸を2回繰り返す。
眼を開けたら、うつ伏せのあすかさんがまっすぐに見てきていた。
あすかさんの視線によって、背すじが伸びる。
【そのコト】を報告するタイミングが出来上がる。
「……深呼吸を2回繰り返したのには、ワケがありまして」
「……どんなワケがあるっていうの?」
彼女の眼つきに疑わしきキモチが露出している。
無理も無い。
「あすかさん。これから言うコトを、よく聴いてくださいね」
告げるぼく。
眼が丸く大きくなるあすかさん。
「昨日のぼくは、猪熊亜弥(いのくま あや)さんと、横浜で過ごしていたんですが」
「……知ってるけど、それは」
あすかさんは、目線が下がり気味になりながらそう応えてから、
「『事件』とか、発生したの。亜弥ちゃんに往復ビンタされたりとか」
と、問いのコトバをボショッ、とこぼす。
「ビンタは、されてません」
キッパリと否定してから、
「掴みかかられは、しましたが」
と、事実を伝える。
あすかさんの目線が跳ね上がるように上昇する。
「修羅場、に、なったとか……?」
訊いてくる彼女に、
「修羅場と言えば、修羅場なんでしょうね」
と答える。
ぼくは落ち着きを保てている。
対する彼女には落ち着きが希薄で、
「は、はぐらかさないでよっ。いったい、横浜で何があったってゆーのっ。具体的に教えてくれなきゃ、わたし……」
就職試験の面接に臨む時のように、姿勢を正す。落ち着きが消え失せていくうつ伏せの年上女子に向けて、まっすぐに、正しく、視線を伸ばしていく。
「猪熊亜弥さんに、フラれてしまいました」
ついにぼくは報告する。【そのコト】の打ち明けを成し遂げる。
あすかさんの口が、中途半端に、弱々しく、開かれる。
彼女のココロを真っ青にしてしまったかもしれない。
真っ青にしてしまったならば……『説明責任』を、一人前のオトコとして、十二分に果たさなければならない。