【愛の◯◯】尊敬する羽田センパイに裏切られ、かき乱される

 

「ほのかさん」

飲みかけのコーヒーカップを置いた丸田吉蔵(まるた よしぞう)くんが、わたしの名前を呼んできて、

「年末だねえ」

と感慨深げに言ってくる。

感慨深げな声音が気色悪いから、

「だからなんなの」

と突っぱねる。

カウンター席の丸田くんがわたしをジトォッ……と見てくる。

不穏だから、コーヒー豆を挽こうとしていた手が止まってしまう。

「『年(とし)の暮(くれ)』『年忘(としわすれ)』『年(とし)の市(いち)』『煤払(すすはらい)』……。年末の季語も、バラエティに富んでいて」

気色悪い朗らかさで『俳句語(がた)りモード』に突入していく丸田くんは、

「詠(よ)み甲斐があるのさ」

とカッコつけたコトバを吐いてくる。

ムカムカするから、手挽(てび)きのコーヒーミルを右手で押さえつけながら、

「丸田くんって、俳句について雄弁だけど、自分の俳句をわたしに見せびらかしたりするコト、あんまりなくない?」

と攻めていく。

さらに、

「俳句愛好者と俳人(はいじん)は違うと思うんだよ。丸田くんは、俳句愛好者ではあるけど、俳人ではないと思う」

「――そのココロは?」

訊いてくる彼の不敵な笑みは本当にキモチワルイけど、

「ホントの俳人だったら、黙って俳句を作ってくる。……わたしは、そう思ってるよ」

「そ・れ・な・ら」

不敵な笑みを持続させる彼が、右隣の椅子にバッグを置き、ファスナーを引き、ガサゴソとやり始めた。

本格的に面倒くさい流れになってきちゃったのを強く自覚するから、わたしの肩や背中に冷え冷えとしたモノが現れ始めて……!

 

× × ×

 

「ヒドい目に遭(あ)った」

わたしの部屋。勉強机に向かってうつむき、ヒトリゴト

「丸田くんの俳句を30句も見せられて、苦痛で仕方無かった」

ヒトリゴトを続けるわたしは、

「彼の俳句がどれもこれも月並(つきな)みだったのが、唯一の救いだった……」

と言い、机上に積み上げた岩波文庫・黄色に右手を伸ばしていく。

当然ながら、岩波文庫・黄色であっても、『おくのほそ道』『芭蕉俳句集』『蕪村俳句集』といった俳句関連のモノは所持していない。

積み上げた岩波・黄色はほとんどが和歌関連だ。積み上げの頂(いただき)には『百人一首』。ページをぱらぱらめくって、好きな歌を見つけて指を止める。好きな歌をココロの中で朗誦(ろうしょう)し、ダメージを癒やしていく。

それでも、癒やし切れないモノが残っていた。

『羽田(はねだ)センパイなら、わかってくれる、癒やしてくれる』

尊敬する先輩女子の美しき顔が浮かび上がってくる。

迷いは無かった。スマートフォンを強く掴み取った。

 

× × ×

 

最初の10分間で丸田くんへの悪口を次々と放流していった。羽田センパイを信じているから、どんな悪口でも臆するコト無く吐き出していった。

出し切った爽快感があった。

……それなのに、

『川又(かわまた)さんは、丸田くんのコト、放っておけないのねえ』

という『まさか』のコトバが鼓膜を震わせてきたから、スマートフォンを持つ右手の握力が2倍以上になってしまう。

放っておけない!?!?

なんですかそれは。どーゆーイミですか。

『放っておけないから、悪口が次から次へと出てくるんでしょ』

そんなコトは……!!

わたしは、強く息を吸ってから、

「彼とは、できるだけ、関わりたくないんですけどっ!!」

スマホを怒鳴りつける。

『関わりたくないキモチが昂るのに比例して、コミュニケーションの機会も増えちゃう』

だからっ。

どーしてセンパイは、お行儀悪く、無責任な発言ばっかり……!!

『なんだかんだで、丸田くんは『キョウキャラ』なんでしょ?』

意味不明なので、

「『キョウキャラ』って、なんなんですかっ」

と訊き返したら、

『強いキャラってコトよぉ。わたしの彼氏を鍛え上げたボクシングジムに通ってるのも、丸田くんが『強(キョウ)キャラ』である証拠になる』

と無茶苦茶なコトを言ってきて、

『自分を鍛え上げてるオトコノコは、誰だって眩しいわ』

と悟ったようなコトを言ってきて、

『もしかしたら、いつか、あなたを守ってくれたり助けてくれたりするコトがあるかもしれない……』

という芝居じみたセリフによって、わたしの胃袋をグニュグニュとかき乱してくる。

それから、

『ほのかちゃーん? もし、丸田くんがあなたに『いいコト』をしてくれたら、ちゃーんと『お返し』をしなきゃダメよ?』

と、ダメ押しのセリフを……。

なにがなんだかわかんないみたいな精神状態になりかかっているわたしは、

「……センパイ」

と震えを帯びた声を出すけど、続くコトバを見失ってしまう。

わたしが上手くお喋りできないから、

『お~い、どーした~~』

とセンパイが弾むように声をかけてくる。

ベッドに着座しながら通話していたわたしは、右サイドにいったんスマホを放置して、

「……リア充過ぎなんだからっ」

と愚痴る。

もちろん、リア充過ぎなのは、1人しかいない……!