【愛の◯◯】愛する後輩の彼氏みたいには、上手にできないと思うけど。

 

出勤前の藤村杏(ふじむら アン)と通話している。ノートPCで日本中央競馬会のホームページにアクセスして、土日のレース結果を振り返りながら。わたしは器用だから、レースの配当金に眼を走らせながら、大親友の女子の話を耳に入れて理解するコトができる。

アンは昨日(きのう)戸部(とべ)アツマくんに会った。戸部くんの実家のお邸(やしき)で戸部くんに会い、お喋りしたり遊んだりして過ごしたそうな。

『戸部ってば相変わらずヒドいんだよ。キモチワルイ言い回しを利用して、わたしを徹頭徹尾バカにしてくるの。クッションやスポーツ新聞を投げつけるだけになっちゃったけど、ホントーは、あいつのカラダのどこかに『一発お見舞い』してやりたかった』

戸部くんの『キモチワルイ言い回し』の具体例を挙げていくアン。女子高校生に戻ったような怒りっぽい口調で「戸部くん批判」を繰り広げていくから、正直に言って微笑ましい。

「でも、その後で、戸部くんが一緒にテレビゲームで遊んでくれて、楽しいし嬉しかったんでしょ?」

アンをコトバで「くすぐって」みたかった。だから、こういう指摘でアンを「くすぐり」始めていく。

「戸部くん批判」で熱が籠(こ)もっていたトコロにわたしからこういうコトバを繰り出されたから、アンは急激にうろたえて、わたしの耳に「絶句」を届けてくる。

 

× × ×

 

「聴いてよ聴いてよ羽田(はねだ)さん。今朝藤村アンとスマホでお喋りしたんだけど、途中からアンがとっても可愛くなったの。昨日のお邸訪問でアンが戸部くんと『パワフルプロ野球』に興じたのを掘り下げてみようとしたら、『戸部と『パワプロ』を何時間プレーしたのかはヒミツにさせて!!』って、極度に慌て始めちゃって」

羽田愛(はねだ あい)さんを葉山家(はやまけ)に招いている。わたしはわたしのベッドに腰掛け、羽田さんはカーペットに腰を下ろしている。

羽田さんは、真向かいのわたしを見上げてきながら、「美女な微笑(びしょう)」を炸裂させて、

「藤村さんも可愛いトコロあるんですね。アツマくんと『パワプロ』で遊んで楽しかったんだけど、時間を忘れるぐらい長く楽しんじゃったのをヒトに知られたくないんだ」

「あなたの言う通りね」

わたしは同意して、

ツンデレ気質というか、なんというか。『ただの腐れ縁で、異性として見たコトは一度も無いよっ』って言い張ってはいるんだけど、彼とテレビゲームに没頭しちゃったのを掘り下げられたりすると熱(ねつ)っぽく動揺しちゃう」

「『熱っぽく動揺』ですか。流石はセンパイ、面白い表現ですね」

そう言いながら、彼女は徐々に腰を浮かせて、部屋の出入り口の方に視線を向けていく。

「ところで。わたし、冷蔵庫から飲み物を持ってこようと思うんですけど。たぶん、葉山先輩の大好物のメロンソーダが冷蔵庫で冷やされてるんじゃないですか?」

「よく分かったわねー。ペットボトルのメロンソーダ、冷(ひ)え冷(ひ)えになってるわ」

わたしはそう答えるけど、羽田さんと同じように、徐々に腰を浮かせていく。

互いに立ち上がった。

このタイミングが好機(チャンス)だったから、

「だけどね羽田さん、あなたが『お使いパシリ』になる必要なんて皆無なのよ。『自分のコトは自分でやる』ってポリシーを守りたいから、冷蔵庫には自分で行くし、メロンソーダも自分でこの部屋に運んでくる。……大(だい)チョンボになるでしょ? あなたにメロンソーダを運ばせたりして、自分の務めを果たせなかったら」

チョンボって、何でしたっけ、センパイ……」

わたしの突然の麻雀用語によって羽田さんが唖然となりかかる。

立ち尽くす彼女の可愛さを味わうのをガマンできない。彼女の可愛さを胸の中で堪能しながら、1メートル未満まで距離を詰めて、ステキな両肩に自分の両手を伸ばしていく。

 

× × ×

 

「気をつかい過ぎてませんか、『試験』が絡むコトを言うのは禁忌(タブー)だと思ったりして?」

カーペットで体育座りみたいになった羽田さんが、とても真面目な顔つきで、とても真面目な声で言ってくる。

教員採用試験を突破できなかった。センシティブになったりセンチメンタルになったりしている彼女の状態はいろんな人間から伝わってきているし、実際に彼女の姿を間近で見るコトで、「そんな風になっている羽田さん」を強く実感できる。

正直に言っちゃえば、今みたく真面目過ぎな羽田愛さんは、自分らしさを見失っているようにも感じられる。わたしの愛する後輩女子は、性格の難ある面をほんのちょっと覗かせたりする方が、彼女らしいのだ。

愛する後輩女子の羽田愛さんを解きほぐして、自分らしさを取り戻させてあげて、元気を漲(みなぎ)らせてあげたい。

だから、先輩女子のわたしは、こんな風なコトバを送り届けるのだ。

「羽田さん、泣いてもいいのよ、わたしの胸の中で。あなた、泣きたくなっちゃうんじゃないの、自分の番号が無かったコトを思い出したら?」

後輩女子のステキなお顔がブワアアアアッ、と赤くなって、

「どうしてそんなコト言っちゃうんですか!? 『胸の中で泣いてもいいのよ』なんていきなり言われても、困っちゃいますよっ!! たしかに、センパイの柔らかいカラダに包み込まれたら、ホッとするかもしれないけど……!!」

「反発するエネルギーの量が大きいのね、強いのね」

わたしの指摘を挟まれて、彼女は苦(にが)めの顔になるけど、顔の高温は未(いま)だ隠し切れていない。

固く握りしめる右手の拳に気付くコトができた。彼女の「強がり」がもうすぐ発動する。強がる態度をわたしに見せるコトで、自分らしさを取り戻して、羽田愛さんがいつもの羽田愛さんになっていく。

「負けません挫けません諦めません、自分の番号が無かったコトぐらいで」

こうやって気丈(きじょう)なコトバを出してくるのを、わたしはどうやっても真似(マネ)するコトができないから、素直に尊敬する。

「強いのね。特に、『リベンジ』したいキモチが強いのよね?」

羽田さんは、すぐさま首肯(しゅこう)して、真剣にわたしの顔を見つめてくる。

羽田さんの「手」に着目するわたしは、

「『リベンジ』したい強いキモチはもちろん尊重するわ。でも、センパイとしてわたしは心配(シンパイ)。どういうトコロが心配なのかっていうと、右手だけではなく左手までも、グリグリッ、て音が聞こえてきそうなぐらいに握り締められているトコロ」

羽田愛さんの素晴らしく整ったお顔がさらに加熱した。

予想通り、首を横に振りまくる。あんまり詳しくはないけど、トレーディングカードゲームで喩(たと)えてみるのならば、「赤面→首振り」の「黄金コンボ」といったトコロだろうか。

麻雀牌に親しんでいるわたしだから、「『役』が2つ成立して、翻数(はんすう)が増えている」と喩える方が、しっくりと来る。

……そんなコトはいいとして、

「あなたにやってみたいコトがあるの、わたし。きっと、戸部くんみたいには、上手にできないと思うけど――」

と言い、わたしは行動を起こそうとしてみる。

「いったいなにを!??!」

彼女は驚愕。ビックリし過ぎよ、羽田さん。そんなに背筋が伸び上がるようなリアクションするだなんて、あなたらしくない大仰(おおぎょう)さだから、あなたの美しさが少しだけ濁っちゃうじゃないの。

『ビックリマーク2つとハテナマーク2つを語尾にくっつけるのも、少しだけお下品よ……』とか思いながらも、

「わたしがやりたいのは、ハンドマッサージ」

と答えてあげる。

「リラックスしていたいでしょ、何か読む時も、何か書く時も。あなたの手をホグしていって、あなたの中の余分なチカラを抜いて、あなたの外側もあなたの内側もさらにキレイにしてあげたいのよ」

まず、息を呑むようにうろたえる彼女がいた。それから、俯き気味に眼を閉じて、自分の手をわたしの手に委ねるのに対する「ためらい」を見せた。それからそれから、首を小さくふるふる、と振って、「委ねる」という行為に踏み切れないキモチをわたしに示してきた。

だけど、逡巡は長くは続かなかった。閉じていた眼をパッと開いて、過剰なまでに握り締めていた両手もパッと開いて、視線は斜め下向きながらも、表情をどんどん柔らかくさせていった。

斜め下向きだった視線を斜め上向きに変えていって、思春期前半の女の子みたいな幼くて初々しい表情をわたしにプレゼントしてくれる。

「おねがいします」

わたしの手によるハンドマッサージを受け容れるこんなフニャフニャした声が、わたしはいちばん大好き。