例によって(?)、愛(あい)が沈み込んでいる。ソファの中央部の上で、両膝を抱え込んで小さくなってしまっている。
『教員採用試験突破できませんでしたよショック』がぶり返したってコトなんだろう。人生最大の挫折の1つと言っていいのだから、なかなか癒(い)えないのも仕方が無い。
カラダを丸めるように小さくなってしまったおれのパートナーは、まるでカラダ全体を挫折感に包まれてしまっているかのようだった。
こういうダメな時の姿も『可愛い』とちょっとだけ思ってしまったのはヒミツだ。
どうしても視続(みつづ)けたい番組なワケでもなかったので日曜午前のテレビをおれは消して、胡座(あぐら)をかいていたテレビ付近から腰を上げて、愛がダメになっているソファまで歩み寄り、小さく弱くなっているカラダを真正面から見下ろした。
「愛ちゃんよー」
明るく声掛けしてから、
「メンタルコンディション、下がり気味って感じじゃないですかねー」
より一層目線を下げる愛ちゃんが、
「……フザけたような喋り方で、わたしの精神状態を訊いてこないで」
と、クレーム。
おれは、
「それなら、『ちゃん』付けも『です・ます』口調もやめるとして」
と、喋りの襟(えり)を正(ただ)して、
「昼食当番、代わってやるから」
『ぴくり』という擬音が出るかの如き反応を見せた愛が、少し目線を上げて、
「立ち直るからっ……。正午までには」
しかし、
「いいや無理だな100%」
とおれは、アッサリ・バッサリ・キッパリ。
「どっどーしてそう思うのよっ」
「わかってないねえ」
「あ、あ、アツマくんっ!!!」
なるほどね。
割と大きな声で叫べる元気は持ってるみたいだね。
だがしかし、
「おまえがうどんの麺を茹でるのに失敗する確率、50%以上」
と微笑(わら)いながらシビアに告げるおれは、
「追い込まれると、誰かの助けを借りたい自分を認められなくなる……。そういう『厄介な』『萌えポイント』、おれは、好きだぞ」
と言いながら、パートナーの栗色の頭頂部に、ぽん、と右手を置く。
× × ×
「せっかくおまえが上等なうどんを手に入れてくれてたんだ。茹でるの失敗したら、もったいないからな」
流しに向かい、食器を洗い始めながら、おれはおれが作った昼食を振り返ろうとする。
後ろから、
「ごめんなさい。わたしが強がり続けてたら、うどんが台無しになるトコロだった」
という声。
愛はダイニングテーブル着席を継続し、冷たい麦茶を飲んでいる。大好きなコーヒーを飲む気力が、まだ出てきていないらしい。
洗剤をスポンジで泡立てながら、
「気にすんな」
とおれは言い、
「本場(ほんば)の讃岐うどんのお味に、割と近付いてた気もするんだが。おまえはどう感じた?」
「……そりゃ、本場の方の『勝ち』よ。かなわないわ」
厳しい判定を下す、一方で、
「でも、そうなんだけどね、わたし、わたし……」
と、甘えるような声を出し始めたかと思えば、
「……思うのっ、『わたしが100回『トライ』しても、さっきのアツマくんのうどんの美味しさには届かない』って」
ほお。
そこまで高く評価するか。
「そんなことなくね?? おまえがおれより料理上手な事実は揺るぎないんだしさ」
「あなたはそう思うかもしれないけど、あなたのお料理スキル『うなぎのぼり』みたいになってるから、メニューによっては、もしかしたら……」
おれは食器を入念に拭きながら、
「仮に、『そういうコト』が、あるとしたなら」
と言い、
「おまえの教育的指導の賜物(たまもの)以外の、何物(なにもの)でもないよ」
と、言ってやる。
約10秒間の沈黙が流れる。
愛が椅子を立つ音が沈黙を打ち破る。愛にしてはガサツな足の運び方で、おれの背後に寄ってくる。
食器を拭き切ってないというのに、抱きつかれる。
ぎゅむー、と密着してくる愛のカラダの暖かさが、ちょうどいい。今みたいなエアコンの設定温度の部屋にピッタリな、暖かさだ。
「食器を片(かた)させてくれよー」
「ヤダ」
可愛い愛は、拒否し、
「アツマくん、おねがいだから、午後は、このお部屋にずーっと引きこもって……!」
「なんだそれ」
愛が背中をグリグリしてくる。微笑ましき背中グリグリ攻撃が、くすぐったくも、心地いい。
「引きこもってくれたなら、きっとわたし、明後日からの旅行の荷造り、終わらせられるわ」
そうだったそうだった。キミ、高知旅行の荷造りを早急に完了せねばならんかったよね。午前中みたいに、ず~~~ん、と沈み込むのが続いてしまってたら、旅行に行けなくなるトコロだったもんね。
何気なく、
「――手伝ってやろうか? 荷造り」
と言ったら、
「それはイヤだっデリケートだから」
と、早口で言ってきて、背中グリグリのレベルを強めてきた。
良い意味で、背中が熱い。