読書会が終わり、参加者がふたり葉山家(はやまけ)を去っていった。
残されたのはわたくし葉山むつみと青島(あおしま)さやかさんのふたり。わたしは丸テーブルの前に腰を下ろして、わたしのベッドに腰掛けている青島さんを見上げている。
青島さんはスカートだった。珍しい。5回会ったら4回はスカート以外を穿いてくるのに。……いや、『5回に4回』どころじゃないかも。ともかく、スカートを穿いていることで、青島さんがずいぶんと可憐な女の子に見える。正直に言わせてもらえば、『可憐』だなんて、いつもは全然感じないのに。
「でも、ボーイッシュな印象だけが、青島さんの全てじゃないのよね」
気づけばわたしは呟いていた。
ビックリする青島さんが、
「葉山先輩!? なんですか出し抜けに」
「あなたのいろんな面をもっと見てみたいってコトよ」
わたしはそう答えて、
「羽田愛(はねだ あい)さんと比べたら、出会う回数が断然少ないんだし、まだ」
と言い、
「あなたのいろんな面をもっと知りたいし、わたしのいろんな面ももっと知ってほしい」
と言いながら、背後にあった競走馬のぬいぐるみを左手で掴み、胸とお腹の中間辺りに両手で抱き寄せる。
「それはなんですか、先輩」
青島さんが興味を示す。意外。お馬さんのコトに食いつくなんて。
羽田愛さんは急速に競馬の知識を身に付けていってしまった。当然ながら、わたしのせいで。青島さんにも、『染まってしまう性質』があるっていうのかしら?
『わたしの周りにギャンブル色が強くなるのはどうなのか』と思うけど、
「この子は『グラスワンダー』よ、青島さん。わたしたちが産まれる少し前に活躍してた外国産馬(がいこくさんば)」
「がいこくさんば……?」
「今は細かい事項はインプットしなくてもいいわ」
そう優しく言いつつ、
「デビューした年に『日本競馬始まって以来の大物』って騒がれて、連戦連勝だったんだけど、怪我をしてしまって……。復帰してからの2戦は惨敗だったんだけど、復帰3戦目の有馬記念で劇的な復活を遂げたのね」
「有馬記念なら、なんとかわかります」
と青島さん。
「その復活劇が98年の有馬記念だったんだけど、2着がメジロブライトで、馬連(うまれん)が4000円以上もついて」
とわたし。
「……いや、98年って先輩も産まれる前だし、馬券の配当金の話をしてもしょーがないんでは」
わたしが馬券の話をしてるってよく把握できたわね、青島さん。理解が凄く速い……。助かるわ。これが、東大院生の頭脳なのね。
沼にズブズブハマるような流れになるのは避けたかったから、
「有馬記念で復活した後も、いろんな激闘があったんだけど――詳しくなりたかったら、YouTubeのJRA公式チャンネルにレース動画が上がってるはずだから、そういうトコロから勉強してみるといいわ」
と、グラスワンダーくんに関する話題をやや強引に打ち切り、
「メロンソーダが飲みたくなってきちゃった」
と言って、グラスワンダーくんのぬいぐるみを丸テーブルに置くと共に立ち上がる。
× × ×
「あなたはメロンソーダみたいな色のスカートは持ってないの?」
グラスの中のメロンソーダを4分の3ぐらい飲んだわたしは、いきなり訊く。
依然としてベッド座りの青島さんは不意を突かれて眼を丸くするけど、割と長い丈のスカートの膝上(ひざうえ)辺りに視線を落とした後で、
「また出し抜けに言ってくるんですね……」
と淡い不満を示しつつ、眼の前のわたしから眼を逸らす。
依然として丸テーブル手前に腰を下ろしているわたしは、
「メロンソーダ系統の色合いのスカートが欲しかったら、お買い物にいつでもつきあってあげるわよ?」
しかし青島さんは、
「お断りします」
と言い切る。
かわいいのね。
かわいいけど、
「隠し切れてないわねー」
と、揺さぶりのコトバをわたしは発していく。
疑(うたぐ)りの眼つきで、わたしの方に視線を戻しながら、
「『何を』隠し切れてないっておっしゃるんですかっ」
と、不満度お高めな声を出す青島さん、なんだけど、
「荒木(あらき)先生とデートする時の服は、自分だけで決めたい。……そうなのよね、青島さん?」
と、わたしがズバッと斬り込んだら、彼女の顔面が一気に燃え上がり始めた。
予定調和! でも、わたしが楽しくなってくるパターン!!
「荒木先生との『ヒミツの関係』にも、かなりの進展があるみたいで」
とコトバで押していくわたしは、
「青島さん、あなた結構大胆なコトしてるのよ、自覚イマイチなのかもしれないけど。荒木先生はあなたの在学中は20代だったけど、年の差カップルだっていう厳然たる事実があるし、それに何より、想いを寄せ続ける『元・教え子』と、それを受け止めている『元・恩師』……!!」
不思議と背筋がピーンと伸びる青島さやかさんは、燃えさかるお顔の眼を閉じながら、
「『元・恩師』じゃ、ありませんからっ!! 今でもいつまでも、笙(しょう)先生は『元(もと)』の付かない『恩師』ですからっ!!」
と、わたしの不自然な日本語を咎めるけど、
「『下の名前』で呼ぶようになったのねえ!! 素晴らしい進展ぶりだと思うわ!!」
とわたしがハイテンションで言ったから、すっかり赤くなったお顔が一気に弱々しくなっていく。
最後のチカラを振り絞るように、青島さやかさんは、
「近頃は、『先生』って呼ばずに、『笙さん』と呼ぶコトも多いんですよ」
と……震え気味の声で、カミングアウトしてくれる。