小路さんの様子が気がかりだった。
なぜなら、コンテストで失敗したっていうから。
――だけど、ぼくを例によって放送部のお部屋に連れ込んだ小路さんの顔に、不調の色は見えなかった。
立ち直れた、ということだろうか――。
コンテストのことに触れないように気をつけよう、と思っていると、
「羽田くん、これ受け取ってよ」
と小路さんが、キャッチボールでボールを投げるように、キャベツ太郎をぼくに向かって投げてきた。
キャッチするぼく。
「はい、よくできました」と小路さん。
「そのキャベツ太郎は、もうずっと羽田くんの所有物だよ」とも。
「所有物って??」
「そのキャベツ太郎を羽田くんの好きにしていいってこと」
「ただの……スナック菓子じゃないか」
「ユーモアがないのかなー。袋に落書きする、とかさぁ」
「落書き!?」
「ほら……格好の落書きスペース、あるじゃん。キャベツ太郎の袋には」
「ああ……。ここのことか」
「そう。そこんとこ」
ぼくはキャベツ太郎の袋をしげしげと見るけれども、
「……。落書きは、よしておく」
「なんで??」
「お菓子の袋で……遊びたくないから」
「や◯きんさんに失礼だってこと??」
「それもある」
小路さんは、
「……真面目だね」
と言う。
それから、
「羽田くんは、わたし寄りの不真面目系って思ってたんだけどな~」
とも。
不真面目系って。
割りと……ショックだよ。
× × ×
やがて猪熊さんが入室してきた。
「あのさ」
キャベツ太郎を3分の1食べたぼくは、猪熊さんに、
「2学期始まったけど、猪熊さん、部長職はもう降りちゃうの?」
と訊いてみる。
そしたら、
「まだ正式には降りていません」
という答えが返ってきた。
「降りるときは……部のみんなに、きちんと伝えようと思っているんですが」
「ですが??」
「……次の部長を指名もしないといけないんです。2年生のだれかに就(つ)いてもらうことになってるんですけども、わたし……まだ考え中で」
今は部屋には、ぼく・猪熊さん・小路さんの3人だけで、後輩の子は不在である。
「――かがみんでいいんじゃないの?」
口を開く小路さん。
かがみん、とは、すなわち高津かがみさんである。
たしかに、高津かがみさんは、2年生部員のなかでも放送部の主力を担っている。
しかし猪熊さんは、
「そんなに軽々しく決められないでしょう」
と小路さんにツッコミ。
「いろんな点から検討したいんですよ、わたしは」
「――けど、考えすぎて、いつまでも決められなかったら、あっという間に10月だよ??」
と小路さん。
「なかなか決められないことが、亜弥の負担にもなってきちゃう」
そう言って、じっくりと、小路さんは猪熊さんの顔を眺める…。
「それも、そうですね」
猪熊さんが小路さんの意見を珍しく受け容れた。
「じゃあ、かがみん指名でよくない?? やっぱ」
小路さんは再び言う、が、
「それはどうでしょうか」
と猪熊さんは。
「お、おいおい」
小路さんは少し当惑するも、猪熊さんは続けざまに、
「部長の代替わりのこともいいんですけども」
と言い、にわかにぼくに向かって視線を当ててきたかと思うと、
「懸案事項は――もうひとつあって」
懸案事項?
「KHKの今後のことです」
え。
「言い換えるならば――羽田くんの今後のこと。」
鋭い眼で、猪熊さんは、ぼくに視線を当て続ける……。
反射的に……ぼくも、猪熊さんを見つめ返す。
『……』
見つめ合い。
相互の沈黙。
部屋に静寂が下りた。
…かと思えば、その静寂は束の間で、じぶんの分のキャベツ太郎の袋を抱えた小路さんが、
「にらめっこじゃん」
と、愉快そうに横槍を入れてくるから……やっぱり小路さんは、あいも変わらずデリカシーがない。