なんだか、愛が、低空飛行だ。
きのう、大学から帰ってきたあたりから、様子がおかしい。
ずっと下ばっか向いてる感じがする。
× × ×
微妙な変化は、あいつが作る料理のクオリティにも反映されるから、恐ろしいものだ。
きのうの夕食当番は、あいつだった。
きょうの朝食当番も、あいつだった。
みんな、文句のひとつも出さないのは、当たり前として。
――それでも。
長年あいつの料理を食べてきている人間であるおれとしては、味の微妙な『ゆらぎ』が…見過ごせなかった。
いつものあいつの料理偏差値が80だとして。
きのうの夕食は73、
きょうの朝食は71、
――そんなところじゃないか、と、おれは思った。
もちろん、料理偏差値47とかのおれが、とやかく言う必要もない、というのもまた、真理だが。
だけどなあー。
× × ×
午前10時過ぎ。
愛が、台所掃除をしている。
――思い切って、後ろから、肩を叩いてみる。
「ふわあっ」
――おかしなリアクションしやがって。
「な、な、なんなのよ、ビックリする……」
「愛さーん」
「だから、なに!」
「手伝いたいんですけど。」
「え……」
きっぱりとおれは言う、
「元気が出ないのに、台所キレイにしようとしても、能率は上がらんぞー」
「どうしてわかるの……。
どうしてわかるの、わたしが、元気、ないって……」
「どアホ」
左の握りこぶしで、優しく、軽く、愛のオデコをとん、と突く。
「アツマくん……」
顔面が発熱を開始し、ドギマギ。
「16時間前からわかってんだよ。おまえの不調ぐらい」
シンクをがしがし洗っていきながら、
「いったいぜんたい、どーしたってんだ??」
台所を磨きまくるおれ。
愛の出る幕がなくなっていく。
「そ…そんなに前からわかっていたなら、どうしてもっと早く言ってくれなかったの」
「それはこっちの落ち度だ。謝る」
そうだよな。
もっと早く言えばよかったんだよな。
「すまんかった。おまえの作った朝飯を食うまで、言ってやる決心がつかんかったんだ」
「朝ごはんが、どうかしたの?」
「……」
「ね、ねえっ」
「愛よ。
立ち続けてるのも……けっこうツラいものがあるだろ。
座って、おれの仕事ぶりでも、観てろよな」
× × ×
ピカピカになった台所を見て、じぶんの無力さにダメージを受けたのか、愛は、からだを小さくして、うつむきまくっている。
「意外な一面だなあ!」
弱々な声で、
「意外な一面って……、なにが」
「弱りきってるおまえの姿」
「し、しかたないじゃない、モヤモヤしてるんだから……」
「モヤモヤしてるおまえも、かわいいぞ」
「!?」
「気が済むまでモヤモヤし続けるっていう手も、あるっちゃあるが……」
「……」
「それもまた、過酷の極みなわけだ」
「……」
「愛。おれはおまえを、いくらでも受け止めてやるから」
ピク、と反応があり、
少しだけ、目線が上がる。
すかさず愛のあたまに手のひらを乗っける――おれ。
カウンセリングの手始めだ。
「……」
なにも言えなくなってしまった愛。
ときおり、あたまをさすってやりつつ……10分、待った。
なんとも言えないほど、弱って、困って、ピンチな表情で、
「たすけて」
と、やっとのことで口を開いてくれた。
「よっしゃ。助けちゃる。
おれの部屋に、移動だな」
× × ×
「泣きたい」
「泣けよ。だれも見てない」
「…部屋、入ってから」
「意地っ張りが」
「ごめんね…意地っ張りで」
「……反発なしかよ」