2月13日の夜。
飯を食い終えたあすかが『一時帰宅』の準備をしている。リビングの片隅で絶賛荷造り中だ。兄貴として、あまりジロジロ眺めないよう心掛ける。
『たまには帰ってあげないと、邸(あっち)のみんなも淋しいだろうから』
あすかはこう言っていた。
筋(スジ)は通っている。およそ2週間も邸(いえ)に帰っていないので、邸(いえ)のメンバーのコトを気にしてココロを配る。ココロを配るが故の『一時帰宅』。真っ当な選択であると言える。
ただ、おれには、一時帰宅の『真の目的』を隠しているとしか思えない。デリケートで切実なキモチを覚(さと)られまいと振る舞ってはいるが、振る舞い切れていないから、おれたちに伝わってきてしまう。
伝わってきているのは兄貴のおれだけではない。愛(あい)にだって伝わってきている。血が繋がっていないとはいえ本当の姉妹のような仲なワケだし、女子同士なワケだし、伝わってこない方がおかしいだろう。
× × ×
荷造りの手を止めて、あすかが立ち上がった。
ダイニングテーブルの席についているおれと愛は短く目配(めくば)せをする。
ダイニング・キッチンに入ってきたあすかがおれの席の方に近付いてくるので、おれは腰を上げる。
おれの妹は、バレンタインデー的な包装の箱を両手で持っている。
やや俯き気味で、兄貴の顔が上手に見られない。
「1日早いんだけど、明日は渡せないから……」
控えめに言ってきた。
普段の攻撃的なおまえはどこに行っちまったのかね……と問いたくなってくる。
「顔の角度はもっと上げた方がいいと思うぞ」
そうアドバイスしてみたら、狼狽(うろた)えが口元に滲(にじ)み出てきた。
目線がますます下がっていくから、
「お兄ちゃんのアドバイスは素直に聞くべきだと思うんですけどねー」
と、楽しい気分になりながらたしなめる。
妹は、床に視線を差し込んで、1日早いバレンタインチョコをおれの胸元へと接近させてくる。
「ったく。素直になれないのも、おまえらしさってか」
軽く言うのとほぼ同時に、1日早いバレンタインチョコを右手で受け取る。
「サンキューサンキュー」
妹が右足で床を叩く音が響く。感謝する口調を軽薄(ケーハク)だと受け止められてしまったのだろうか。
「その態度はいかがなモノかなー」
妹の勢いを怖がるコト無く、からかうように言ってみる。
「……蹴るよ?」
攻撃的なコトバを吐き出してくる妹。
「どこを?」
とおれ。
「ふくらはぎ」
と妹。
「痛いトコ狙ってくるんだな」
そう言いつつ、妹の右肩に左手を置いてやる。
妹の体温を左手で確かめながら、
「利比古(としひこ)は、蹴るなよ」
と忠告する。
本命のチョコレートを誰に渡したいかなんて、もう分かり切っている。
利比古。愛の弟。おれにとっても大切な存在の男子。
あすかにとっては、大切で、特別で、『好き』という感情を否定できない、異性。
「キモチが届くように渡すんだぞ、明日は」
そんな『エール』を送ってから、あすかの右肩をポンポンポン、とリズミカルに軽く叩いてやる。
あすかはおれのふくらはぎを蹴るコトができない。
キックの代わりに、
「あんまりわたしを気持ち悪がらせないでっ」
と超・早口で言うとともに、頭突きをしてくる――。