太刀川光(たちかわ ヒカリ)ちゃんという娘(こ)だった。羽田愛(はねだ あい)という自分自身の名前をわたしも伝えた。
短髪美人(たんぱつびじん)で高身長の光(ヒカリ)ちゃんの出身大学はわたしの父と同じ某・国立大学法人だった。おまけに、ヒカリちゃんは来年度からわたしの大学のわたしのキャンパスの大学院に通うコトになるというコトだった。
鰹(カツオ)のタタキを完食したわたしはヒカリちゃんの顔を眺めている。なんだか、顔立ちにわたしとの相似点(そうじてん)があるような気がする。
わたしは相似点を探り始めようとするけど、
「ねえ、愛ちゃん。これって、運命の出会い以外の何物でも無いわよね。だから――」
とヒカリちゃんが言ってきたから、
「――連絡先を交換したいの?」
と訊くと、
「ぴんぽーん」
と言うやいなや、スマートフォンをわたしに向けて差し出してきた。
高知県高知市『ひろめ市場(いちば)』の多大なる喧騒(けんそう)の中でわたしとヒカリちゃんは連絡先を交換した。
鰹のタタキはお代わりせずにはいられなかった。
さっきとは別のお店でかなり強気の価格の鰹のタタキを購入し、地酒(じざけ)や何種類かの酒肴(しゅこう)とともにさっきとは別の席まで運んだ。
眼の前にはもちろん、運命の出会いを果たした太刀川ヒカリちゃんがいてくれている。
塩で鰹のタタキを味わう方法もあるそうな。ポン酢も付いていたけど、わたしは塩だけで食べる方法を選んでみる。
またもや「絶品」のヒトコトだった。月並みな言い方だが、塩で食べるコトによって「素材の味」が際立つ。さっきのお店と互角の抜群な鮮度が、わたしの舌をトロけさせようとする。
真向かいのヒカリちゃんが、
「塩で食べるタタキも絶品よね」
と言う。
「うん。彼氏にも食べさせてあげたいぐらい美味しい」
答えるわたし、だったのだが、うっかり『彼氏』と言ってしまった不用意さに、急速に顔面の温度が上昇していく。
楽しそうに愉(たの)しそうに面白そうに興味津々そうに、
「彼氏!?」
と叫ぶが如く言ったかと思うと、ヒカリちゃんはかなり前のめり姿勢になり、
「もしや、一緒に暮らしてたり!?」
「……どうしてわかるの」
「オンナのカン」
「……便利なコトバね」
ヒカリちゃんはニコニコとわたしを見てきているけど何も言ってくれない。
とりあえず、冷たい地酒のグラスを手に取り、ぐーっと飲んでいってみる。
塩で賞味した鰹のタタキとのマリアージュのおかげで、グラスの中身が一気に半分ほどまで減る。
地酒のパワーを借りて、わたしは、
「ヒカリちゃんは、どーなの?」
と言い返してみる。
「どーなのって、なによぉ」
おどけるように問い返してくるヒカリちゃんに、
「現在彼氏が居るのか居ないのかってコトよ」
「んーーーっ」
依然ニッコリとしているけど、左人差し指を口元にあてて、返答を慎重に検討している風なご様子。
やがて、両手のひらを卓上(たくじょう)に置いたかと思うと、
「彼氏というより、恋人、かなあ?」
と、照れ笑いで、答えをわたしに投げつけてくる。
ちょっとなんなのそれ。『彼氏』と『恋人』を区別する理由、なに??
ひとまず、
「オトコノコじゃなくて、オンナノコとつきあってるってコト? 『彼氏というより……』なんて言うってコトは」
眼前(がんぜん)の彼女は即座に、
「オトコノコよ」
ええっ。
「だ、だったら、彼氏ってコトじゃないのっ」
「愛ちゃん甘いなー」
「ヒカリちゃん!?」
「『恋人』って『ひょーげん』したほーが、120倍しっくり来るの、あたしにとっては」
「……この話題、ほどほどにしとこっか」
「――日和(ひよ)っちゃった?」
「……」
× × ×
出会いが運命的である根拠はまだあった。宿泊しているホテルがわたしと同じだったのだ。
「帰り道が一緒になるね」とわたし。
「うん。嬉しい」とヒカリちゃん。
「わたしのシングルルームを訪ねたかったりする?」と探りを入れるわたし。
「それは自分のお部屋に戻ってから考える」と無難に返答するヒカリちゃん。
× × ×
『ひろめ市場』を遂に出て、とっぷり暗くなった街を並んで歩く。
大学院では日本文学を主軸に比較文学的なコトをやりたいと言うヒカリちゃん。今夜の時点では、彼女の文学的な興味・関心はまだ掘り下げられていない。
『明日は『オーテピア』の図書館に籠(こ)もるつもりよ』と彼女は告げてきていた。その時、『わたしもほとんど同じ予定。高知城の周りを少し散策したりしてから、『オーテピア』の図書館で読書に耽(ふけ)りたいと思ってる』と告げ返した。
『オーテピア』という施設に大きな公立図書館が入っている。『明日の夜も『ひろめ市場』で出会う』という約束を既に交わしているわたしたち。おそらく、『オーテピア』で互いに読書に勤(いそ)しんだ後だから、濃密な文学談義に突入するんでは無かろうか。そうなったら、ヒカリちゃんの興味・関心を一気に掘り下げていける。
そういったコトを考えつつ、雑談をヒカリちゃんと交わしながら、高知市中心部の夜を歩いた。
ヒカリちゃんが神奈川県民だったから、横浜DeNAベイスターズファンであるのを猛烈にアピールしたんだけど、彼女は野球はあまり見ないらしくて残念だった。野球よりもサッカーに詳しそうだ。野球の知識も是非とも植え付けたいトコロね。ベイスターズが如何にして暗黒期を脱したのかを熱く語って、ハマスタに彼女を引き寄せるのよ。
× × ×
同一のホテルだったが部屋のあるフロアが違った。エレベーターには一緒に乗るけどヒカリちゃんの方が先にエレベーターを出ていく。
エレベーターホールにて、
「とっても楽しかったわ。わたし独りだったら市場(いちば)の熱気に負けてたかもしれない。ありがとう」
とヒカリちゃんに感謝し、
「明日もよろしくね、ヒカリちゃん」
「明日もだけど、『これからも』よろしく、だよ。愛ちゃん」
「そうね」
薄茶色ショートボブの彼女を横から見上げて、
「どうぞよろしくお願いします」
「どーしてバカ丁寧に言っちゃうかな」
冗談めかして暖かく苦笑するヒカリちゃんが眼に映る。左耳だけに付けたイヤリングが良いアクセントだと改めて思った。わたしと互角のルックス。だけど、160.5センチのわたしより10センチ以上背が高いし、左耳だけのイヤリングなどとの相乗効果もあって、「オトナっぽさ」という意味では、彼女がかなり優勢だ。
――ま、比較したり優劣つけたりなんて、本来無意味も無意味なんだけどね。
× × ×
さて、シングルルームに戻ってきたわたしは、ベッドに腰を下ろして、東京の彼氏に電話をかけている。
『ずいぶん遅くまで街(まち)なかに居たんだな』
スマートフォンの向こうからそう言ってくるアツマくんに、
「友だちができたのよ。友だちができたの」
『友だち?? どこで。どうやって』
「教えるワケ無いでしょ。わたし、眠気が発生してきたし」
『……オンナ友だちか』
「オンナ友だちよ。すこぶる美人で、背が高いの。ウィークポイントは胸の大きさだけ、そこはわたしと同等に過ぎなくって」
『余計なヒトコト加えんなよ。その娘(こ)に悪いだろ』
「エヘヘ」
とうとう、ベッドにゴロ~~ンと仰向けに身を委ねて、
「明日の夜も、必ず電話するからね」
『おー。頼むぜ』
「明日の朝も、電話した方がいい?」
『お好きに』
「それなら」
天井を見ながら、一拍(いっぱく)置いて、
「明日の午前6時に、愛情をタップリ籠(こ)めたモーニングコール、してあげる☆」
『……早くね?? 6時って』
「おバカねえ」
『あのなー』