成長には個人差がある。
今は抜群のスタイルを誇るモデル体型な子であっても、発育の兆しが比較的遅かったというコトもあり得(う)る。
わたしの新しい親友女子・太刀川(たちかわ)ヒカリも『そんな感じ』だったみたいなのである。
今でこそ、背丈が170センチを超えていて、誰もが羨むモデル体型な彼女なのであるが、
『あの子はねぇ、『大器晩成』だったのよぉ~』
とわたしに直接伝えてきた彼女のママさんの満面の笑みは、脳裏に色濃く焼き付いているのである。
ちなみに。ヒカリだけではなく、ヒカリのママさんも、『遅咲き型』の成長曲線を描いて、現在のような抜群スタイルになったとのコト。
これも、ママさんから直接言われた事実であった。
――まさに、遺伝。
まぁ、遺伝し切らなかった『部分』もあるんだけどねー。
オブラート、オブラート。
× × ×
太刀川ヒカリの戸部邸(とべてい)初訪問から一夜が明けた。水曜日の晩ご飯タイムとなった、わたし&アツマくんの『ふたり暮らし』マンション部屋のダイニングテーブル。
メインおかずは、すき焼き風煮物。秋風が身に沁みる季節になってきたので、わたしが今晩のメニューに決めて調理した。
真向かいには、仕事場からの帰宅1時間後のアツマくん。
わたしは、小鉢の中の溶き卵に、甘辛く煮た牛肉を浸していく。
昨日の、ヒカリとの◯◯や◯◯や◯◯を、未だに報告できていない。この場は、報告をする絶好の機会。
『大器晩成』だとか、ヒカリにまつわるそういうデリケートな◯◯は決して口にするまい……とココロに決めて、溶き卵に浸した牛肉を美味しくいただく。
いったん、箸を置き、
「昨日のヒカリのお邸(やしき)訪問のコト、まだ報告(レポート)してなかったから、この場で話すわね」
と真向かいの彼氏に宣言する。
「キワドい話題はゴメンだぞ」
と彼。
あのねえーっ。
いきなり、そんなコト、フツー、言う?
言わないわよね!?
軽く失望のわたしは、
「あなたがいきなり不用意な発言をしてきたから、時系列を『ごっちゃ』にして話すコトにするわ」
彼は、
「ふぅん」
と、つれない声、つれない顔。
眼つきを少しだけ険しくした後で、わたしは気を取り直して、
「わたしのピアノ演奏が、クライマックスだったの。あの娘(こ)はね、演奏できる楽器が1つも無くて――だからかな、ずーっと喜んでくれてた。あの娘からの『アンコール!』は、1回や2回じゃ止(や)まなくて……」
× × ×
「楽しかったのなら、良かったんじゃねーのか?」
「そうね」
わたしはアツマくんに首肯して、
「楽しくて、愉快だった。――ねぇ、ヒカリね、あなたの顔をひと目見てみたいんだって! だから、今度……」
と勢い良く言い、ダイニングテーブルの椅子から身を乗り出し気味になるんだけど、
「おまえのバースデーパーティーの時が、ちょーど良いんでねーの?」
と彼に遮られる。
遮られたんだけども、彼のコトバは的を射ていると思った。
ので、
「そーね、そーしましょう。11月14日の予定、できるだけ早くヒカリに訊いてみるわ。……アツマくん? あなた、当日は、見苦しくない服装でヒカリに会わないとダメよ? ゆるい服装で、あの娘の期待を裏切ったりするのは、ゼッタイにダメなんだからね」
アツマくんは素早く、
「おまえもなー」
と返してきたかと思うと、
「11月14日で、23歳になるんだから。23歳に相応しい服装で、パーティーに臨むべきだと思うぞ。――何しろ、おまえはハタチをとっくに過ぎてんのに、美人な容姿に似合わないファッションセンスを、周囲にたびたび見せつけてきやがったりするんだから……」
× × ×
アツマくんのデリカシーの無い発言に『失言』の判定を下し、食器洗い&食器片付け&キッチン磨きを全て彼に押し付けた。
わたしはリビングの最奥(さいおう)にて、小さなテーブルに両肘をついて頬杖しながら、壁と向かい合って考え事をしている。
晩ご飯の席における彼氏の醜態は、今はもうどーでも良い。
今のわたしのココロに浮かんできているのは、
『アツマくんが、わたしのバースデーを、初めて祝ってくれた時……どんな感じ、だったっけ?』
というキモチ。
女子校中等部2年の2学期からアツマくんの実家たるお邸(やしき)に住み始めた。住み始めて約2ヶ月後に、わたしの14歳のバースデーが到来した。
あれが、2016年11月14日、だから……もう9年も前。
彼と出会ってから、もうすぐ、10年が経つのよね……。
壁に向かい続けて、栗色ロングヘアをつまんでみる。不都合にも、わたしはわたしの寝グセに気付く。
寝グセがついたまま、大学キャンパスで過ごしちゃっていたんだ。
悔しいな。
軽い自己嫌悪を噛み締めた直後、
『中学生の時から、わたし、髪の手入れを怠るクセ、直せてない……』
という嘆きが、ココロの中に芽生えてくる。
× × ×
物思いを引きずった。頬杖をつくのをずっと続けながら、無言で壁と向き合った。
14歳のバースデーの日も、15歳のバースデーの日も、わたしは、今の彼氏を、アツマくんを、『アツマくん』と呼べていなかった……。そんな過去を反芻して、半分恥ずかしくなり、半分センチメンタルになった。
アツマくんの方はおそらく、わたしがお邸暮らしを始めた瞬間から、わたしのコトを、
『愛(あい)』
と名前で呼んでくれていたと思う。
わたしの方は、呼べなかった。
『アツマ〝さん〟』と呼ぶのも、なんだか違うと思ってしまっていて。たしかに彼の方が2つ学年が上なんだけど、『〝さん〟』付けを拒んで、上手な呼び方を見失ってしまっていた。
『あなた』。時には、『あんた』。
名前で呼んであげるのではなく、そういう2人称でもって、彼とのコミュニケーションを切り抜けていた。
彼の妹のあすかちゃんに向かって、
『あなたのお兄さん』
『あすかちゃんのお兄さん』
みたいな、すっごく回りくどい表現を用いて、アツマくんを示したり、だとか。
勇気、が無くて、わたし……ダメダメだったな。
高等部1年に上がったばかりの頃、だったはず。初めて、アツマくんを『アツマくん』と呼べて。
その後、一気に、『アツマくん』と呼ぶコトのできるようになったアツマくんを、オトコノコとして好きになって……。
懐かしくて、甘酸っぱくて、だから、絶賛回想中のわたしの胸は過剰に熱くなり、眼の辺りに何かがこみ上げてきそうな状態にまでなっちゃっている。
× × ×
――翌朝。
「ブランケット、ありがとう」
もう既に、お互い朝ご飯を食べ終えた後。アツマくんが出勤するまでに言い漏らしたくなかったから、彼の両眼にまっすぐ視線を伸ばして、クッキリとした声で感謝する。
そして、
「センチメンタルな想いに浸ったまま、ウトウトしてきちゃったんだけど……寝入ってしまったわたしの背中に、あなたが、ブランケットを掛けてくれて。改めて、『あなたを好きになって良かった』と思ったわ、アツマくん」
勢い余ってしまうわたしは、さらに、
「あなたがダイスキよ、ホントに、ダイスキっ」
と愛情を寄せまくっちゃう。
「『最初からクライマックス』の木曜日になっちまったじゃねーか」
そう言ってくるアツマくんのほっぺたには、赤みはまだ兆していない。
でも、心做(ココロな)しか、彼の視線が逸れ始めてきているから、是正したくて、
「わたしの髪、見てくれないかなぁ?」
と、愛情をタップリ含んだ声で、促してみる。
促して、それから、
「いつもより、5倍、にゅーねんに、髪、梳(と)かしたんだけどなーっ☆」
と、わたしの嘘偽りの無い「努力」を、彼に向かって伝えていく。
「寝グセなんて、無いでしょ?」
甘みを含ませた声で訊いてみたらば、
「――おれに5分だけ時間をくれ」
というコトバが帰ってきて、
「精査してやる。寝グセもアホ毛も、ほんとーにひとつも見られないかどーか」