【愛の◯◯】文学館に行き、図書館に行き、『彼女』と合流し……その場にて。

 

朝の蝉の声が朝の陽(ひ)の光と溶け合って降り注いでいる。

……わたしとしては珍しいコトに詩的な表現を用いたワケだが、こういう表現が『どこまで詩的な表現であるのか』は別として、蝉の声が鳴り響き続けている高知城近辺にやって来た旅行2日目の朝なのである。

それにしてもよく鳴く蝉だ。暦の上では秋だが衰えていない。『秋蝉』と書いて『しゅうせん』と読ませる季語があるらしい。ただ、実感としては秋が来たようにはとても思えない。『秋暑し』どころか『残暑』と形容するのも適切ではない感じがする。気候を先読みして熱中症対策や紫外線対策が万全の状態で高知(こっち)に来たんだけどね。

 

× × ×

 

朝5時台にもう眼を覚ましていたわたしは3局しか無い民放テレビのチャンネルをザッピングしながら髪を梳かしたりするなどして、『モーニングコール』のお時間たる朝6時ちょうどに向けて心身を引き締めていた。

スマートフォンの向こうの彼氏は8回目のベルで通話ボタンを押した。絶対に、ベッド上で寝ぼけ眼(まなこ)をこすっていたに違いない。

『おそよう!! アツマくん』

彼氏にこういう朝の挨拶をぶつけてあげる以外にわたしの選択肢は存在していなかったのであった。

 

× × ×

 

「時系列を前後させるのは『書きにくい』し『読みにくい』から、『モーニングコール』の詳細は泣く泣くカットね……」

誰がどう考えても不必要なメタフィクショナルなヒトリゴトを呟きつつ、高知城に隣接している県立文学館へと歩み寄っていく。

 

そんなに長時間は滞在しなかったけど、館内には興味深いモノがいろいろあったし、根っからの文学好きゆえに、聞いたコトも無い出版社から発行されている本をお土産コーナーで購入し、館の運営に貢献してあげたのだった。

文字数その他の都合上、館内の詳細は泣く泣くカットせざるを得なかったけど、お土産コーナーで購入した新書サイズの本は、多数の日本近現代詩人の作品がコンパクトに収められていて、読み返す価値もありそうなアンソロジーに思えた。

 

× × ×

 

早めの昼ご飯を食べた後で、『オーテピア』という複合施設の中のエスカレーターに乗り、『オーテピア高知図書館』に入館した。真新しく清潔な図書館で開放感もある。平日昼間であるがゆえにガヤガヤしていないのもありがたい。

カウンターの司書さんに利用案内をもらう。フロアの一角に『静寂読書室』なるお部屋があるみたいで眼を見張る。こんなネーミングの読書室を設けている図書館に来るのは生まれて初めてだった。

分厚くて学術色の強い哲学関連書籍を5冊抱えて歩く。『静寂読書室』に入ってみる。ネーミングの通りに室内には静寂が満ちている。おまけに、「先客(せんきゃく)」は誰も居ない。つまり、『今この読書室には、わたし1人しか居ない!』状態だというワケだ。

涼しくて静寂な閲覧席に着席し、600ページ以上はありそうな大著(たいちょ)を開く。

『静寂なのは良いけど、閑散とし過ぎるのもちょっとどうなのかしら?』

余計な疑問を抱いてしまう。しかし、読書に集中したいので余計な疑問は全部捨ててしまうコトに決める。わたし、この図書館好きですよ、オーテピアさん、高知県さん。

 

5冊の書籍に4時間かけて眼を通した。一度(いちど)たりとも離席(りせき)はしなかった。クールダウンで上階(じょうかい)の「高知資料コーナー」に向かった。いわゆる郷土資料コーナー的な位置づけの空間である。旅先の大きな公立図書館に入って郷土資料の書架(しょか)を見ずに終われるワケが無い。

ココロの中の「郷土資料欲(よく)」を満たした後で再び階下(した)に下りる。『文学系のラインナップはどのくらい充実してるかな~?』と思いながら一般書架が並ぶ真っ只中をゆっくりのペースで歩いていく。

『――なるほどねえ』と思って文学関連書籍の配架(はいか)されていた書架から遠ざかり、『調べもの案内デスク』付近にやって来る。

思わず立ち止まった。

太刀川光(たちかわ ヒカリ)ちゃんの背中だとしか思えない背中を見つけたのだ。

ヒカリちゃんで間違いが無い。薄茶色にきらめくショートボブの髪。170センチを超(こ)す長身。長~い脚が際立つ群青色(ぐんじょういろ)のジーンズ。『調べもの案内デスク』の前に立つ彼女はレファレンスサービスを受けているモノと思われる。

近付いていって人差し指でヒカリちゃんの背中を突っついて驚かせる……みたいな魂胆(こんたん)は、全く無かった。

そっとしてあげたい。せっかく彼女も旅先の図書館で調べものに真剣になっているんだから。ジャマしたくない。

この図書館に滞在している間は単独行動。わたしによるわたしに対する「掟」だ。出会うのは退館した後で良い。それまではわたしはわたしの「仕事(ザッヘ)」に仕(つか)え、ヒカリちゃんはヒカリちゃんの「仕事(ザッヘ)」に仕える。

 

× × ×

 

『ひろめ市場(いちば)』の前まで来たのは17時55分だった。『18時に『市場(いちば)』の前で合流しようね!』と前もって約束していた。出来立てホヤホヤのLINEトーク画面で出来立てホヤホヤの友だちと約束していたのだった。

すぐにヒカリちゃんが来てくれた。

「愛(あい)ちゃん、あたしが『調べもの案内デスク』でレファレンスサービス受けてた時、間近に居たでしょ?」

いきなりのご指摘。ヒカリちゃんの察知力(さっちりょく)にわたしは驚くけど、

「居たわよ。でも、あなたの世界をジャマしたくなかったから、近付かなかったの」

「スゴい表現使うのね、『世界をジャマしたくなかった』とか」

ヒカリちゃんの美しき微笑(びしょう)が眼に留まる。

ジトッ……とその美しき微笑に視線を寄せて、

「『画(え)になる』って思わない?」

とわたしは言い、

「20代前半の美人女性が2人、この場所に佇(たたず)んでるのが……」

と、性格の悪さがにじみ出ているのを否定しがたいコトバを口から出してみる。

「そんな風な言い回し好きなのね、愛ちゃん」

ヒカリちゃんの微笑には若干の苦笑が混じるけど、

「ま、『事実』は、最大限に尊重しなきゃーねぇ」

と、わたしに同調してくれる。

波長が合う。昨日の夕方に初めて出会ったばかりとは到底思えない。

わたしのココロとヒカリちゃんのココロが完全に響き合っている。

『ひろめ市場』の中に入っていく前の段階でヒカリちゃんに強く惹きつけられるのを抑え切れそうにない。

だから、

「ねえねえ、ヒカリちゃん。憶えてるかな?」

と無邪気な声音で問い掛けて、

「昨夜(ゆうべ)、わたしが探りを入れたコト……。ほら、言ったじゃないのわたし、『わたしのシングルルームを訪ねたかったりする?』って」

ヒカリちゃんのほうが10センチ以上背が高い。ヒカリちゃんを見上げながら無邪気に問い掛けていくのは当然のなりゆき。

顔と顔が、かなり近付いている。

同じホテルに宿泊している同年生まれの新しい友だち女子に、

「……来たくなっちゃったり、してたりする??」

と、わたしは、『来てほしい』キモチを隠さずに、アピール。

仄(ほの)かに赤くなる相手のほっぺた。

恥じらいを覗かせながらも、ヒカリちゃんは、わたしをまっすぐ見下ろし続けてくれて、そして……とうとう、

「――来たくなっちゃった、あたし」

と、『告白』を贈り届けてくれる。