太刀川(たちかわ)ヒカリが戸部邸(とべてい)を訪ねて来てくれた。
平日の昼間だけど、わたしは大学5年生、ヒカリは来春の院進(いんしん)を待つ身、双方、スケジュールに融通が利くのである。
『リビングA(仮)』。邸内で一番広いリビングだ。このお邸(やしき)の壮大なスケールを実感してほしくて、まず、新しい親友女子を『リビングA(仮)』に案内してみた。
横に長~いソファに着座しているヒカリ。わたしから見て右斜め前に着座している。彼女の長~い美脚をコッソリと眼に焼き付けているのは秘密だ。
「愛(あい)は好きなのね、ホットでなおかつブラックなコーヒーが」
ヒカリのご指摘。
「既に2杯目。1杯目をすぐに飲み切ったと思ったら、ソッコーで、ダイニング・キッチンにお代わりを淹れに行って戻って来て」
わたしのコーヒー好きに対する言及を続けるヒカリの手前にもコーヒーカップが置かれているんだけど、まだ1杯目の彼女のコーヒーには、角砂糖がドボリ、と投入され、ミルクがドバリ、と投入されていた。わたしが見逃すはずも無い。
ブラックじゃ、飲めないんだ。
案外、フツーのオンナノコなのね。
× × ×
ブラックコーヒーこそ飲めないものの、170センチを超す抜群の体型は、底知れない魅力を内包し続けている。
胸こそわたしと同様に慎ましやかだけど、わたしの身長は160.5センチしかないから、ヒカリの輝かしいカラダのラインには白旗を掲げざるを得ない。
わたしが2022年度まで寝起きしていた部屋のベッドに腰掛けているヒカリが、大きく背伸びをした。
「ちょっとー、妬けちゃうじゃないのよー、そんなに艶(なま)めかしい背伸びを見せつけられちゃったら」
冗談めかして言うわたしに、
「電車に結構長く乗ってたから、消耗しちゃったのよ」
と、明るい苦笑いでヒカリが応答する。
背伸びから一転、やや肩をすくめて、素晴らしき美脚の両膝を見つめ始めた。
くたびれてるのね。
あなたのお家(うち)、神奈川県の海側だもんね。東京都の西側に行くには、それなりに時間を要するのよね。
「電車で、座れたの?」
わたしは訊く。
「座れなかった」
ヒカリは答える、猫背となって。
「――寝転べば良いじゃないのよ」
微笑と共にわたしは促してみる。
「えっ」
と言ったヒカリの顔が上昇する。丸々とした眼。意表を突かれたんだ。
「そのベッド、何時間でも、あなたに貸してあげるけど」
そう告げたら、ヒカリがテンプレート的に、顔を赤くし始めた。
「ヒカリって、表情豊かで良いわねえ」
わたしは、そうやってホメつつも、
「ほらほら。お昼寝には『うってつけ』の陽射しも、窓からキラキラとこぼれてるコトだし――」
× × ×
うつむき気味ながらも首を縦に振ったヒカリ。
素晴らしいとしか言いようの無い輪郭のカラダを、わたしのベッドに横たえた。
仰向けに横たわったヒカリは、5分も経たずに心地良き夢の世界へ。
わたしは、小さく畳んでいた掛け布団を、できるだけ音を立てないように、彼女の首元まで被せていく。
× × ×
自分の顔を鏡で見るたびに自信を持つわたしだけど、性格の良さには全く自信が無い。
絶賛お昼寝中のヒカリのカラダにギリギリまで近付いて、文庫本を読みながら、彼女が現実世界に復帰するのを待ち構える。
性格の悪さには自信があるわたしは、寝起きのヒカリにイタズラな◯◯や◯◯をする準備を、文庫読書と並行して、着実に整えていたのだった。
× × ×
「おはよう~~!!」
身を起こした瞬間に、抱きつく。
ヒカリは、のけ反(ぞ)ったり身を引き剥がしたりはしなかった。固まったまま、自らの熱をわたしの上半身に届けてきてくれている。嬉しい。
「……スキンシップが、好きなのね」
呟くが如く言うヒカリ。
「好きよ。大好きなの」
応えた直後、わたしはわたしのカラダを静かに離す。
そして、
「あなたは? スキンシップ、好き? 例えば、あなたの恋人さんとの――」
「なっなにゆーのっ愛ッ」
盛大に慌て出すヒカリ、なんだけど、
「さっき寝言で、あれだけ、恋人さんのお名前を連呼してたってコトは――」
と、わたしは、容赦無く。
「それいじょーは、ヤ・メ・テっ!!」
ヒカリは、容赦無きわたしにカラダを一気に傾けて、わたしの両肩をぐぐぐっ、と押さえてきたのだった――。
× × ×
「お昼寝し過ぎて、恥ずかしいトコロを晒しちゃったみたい」
ベッドに腰掛け続けて言うヒカリは、
「体力は、ある方のはずなんだけどな」
と、ほっぺた付近をほんのり染める。
「わかるわー」
わたしは、
「わたしの両肩を慌てふためきながら押さえ付けるチカラ、激強(げきつよ)
だったもんねぇー」
とからかう。
「……愛のエッチ」
そう言って、不満な眼つきとなるヒカリ。
何が『エッチ』なのかなあ。
ヒカリは、
「あのね? 初めて『情報開示』するんだけど」
と言ったかと思うと、
「――ほら、『シャトルラン』ってあったでしょ? 音楽に間に合わなくなるまで延々と走り続けるやつ。あれ、毎回、あたしは最後の1人になるまで残り続けていて」
待ってましたとばかりに、
「わたしもよ♪」
とお返事するわたしがいた。
テンプレ的に、肩をすくめて溜め息するヒカリ。
「やっぱりか」
と彼女は声をこぼす。
「そんなに敗北感が滲(にじ)んでるような声にならなくたって良いでしょ?」
ニヤリとなりつつ言うわたしに、
「イジワルに言うのね」
と、窓方向に視線を逸らしつつ、ヒカリは軽い反発を示して、
「アレじゃーないの? 通ってた超・名門女子校では、ひっきりなしに、運動系クラブ活動の『助っ人』に駆り出されてたとかなんじゃーないの??」
すかさずわたしは、
「どーしてわかったのーっ♪♪」
と楽しく愉しく声を発して、
「母校において、『史上最高の助っ人』だったのよ。今でも、語り継がれてる」
嘘なんか、ついていない。
ただ、わたしの調子が良過ぎたのか、ヒカリは如何にも不満げにゴロリ、と横向きに寝転んでしまう。
すかさず、
「ごめんなさいねー☆」
と、わたしは景気良く謝り、
「お詫びに、美味しいお菓子でも作ってあげよーか☆」
と半分以上ホンキで言う。
ヒカリは不審げに、
「……今から?」
わたしはわたしの慎ましやかな胸を張り、
「わたし、手際がすごく良いの。並みのパティシエの半分の所要時間で、スイーツを作り上げるコトができちゃうの」
ヒカリが、
「それなら……是非とも、『実証』してほしいモノね。あたし、実を言うと、かなりの実証主義者なのよ」
彼女のお望み通りに、今から『実証』してあげても、全然OK、なんだけど、
「ヒカリぃ」
と、わたしは敢えて、眼前(がんぜん)の彼女に呼び掛け、それから、
「あなたって、オーブンでクッキーを焼いた経験、あるのかしら?」
ヒカリの両眼が本日最も大きく開かれて、
「バカにしないで!?」
という大きな声の響きと共に、彼女のカラダが一気に起き上がった。
「まさか、『無い』と思ってる!?」とヒカリ。
「『無い』って、何が?」とわたし。
「お料理のスキルよっ、お料理のスキル!!」
叫び声同然の声を上げるヒカリが、
「ひと通りの調理は、できるからっ!! 家での食事当番は、ほとんどママと交代交代なんだしっ!! お菓子作りにしたって、クッキー焼いたコトぐらいあるし、ホットケーキだって、フルーツタルトだって……!!」
「――だったらば」
あふれるほどに余裕が残っているわたしは、
「2時間以内でどちらがより多くの枚数のホットケーキを焼けるのか、『実証実験』してみよっかあ」
両膝を余分な手のチカラで押さえ込むヒカリは、
「おことわり!」
と、見た目に似合わぬ、幼き声で――。
× × ×
お菓子作りに持ち込めなかったのは残念だったが、秋の夕暮を迎えた部屋の中で、ヒカリと横並びでベッドに着座しているわたしが居る。
ヒカリはわたしの左サイド。爽やかなシャンプーの匂いが鼻腔をくすぐる。このシャンプー、たぶん、わたしが一度も使ったコトの無いシャンプーだ。
「邸(ここ)を日帰り入浴施設的に利用しても良いのよ」とわたし。
「どういうコト?」とヒカリ。
「ひとっ風呂(プロ)浴びてから帰るのよ」
「ちょっと愛、『ひとっ風呂』だなんて、あなたみたいな女の子には全然似つかわしくない……」
「2人でお湯に浸かっちゃおーか☆」
とどまるコトを知らないわたし。
「……着替えなんか、持って来てないしっ」
呆れ気味にソッポを向くヒカリ。
ヒカリのそんな反応を堪能しながら、
「じゃ、CDでも聴く? ほらほらほら、CDがトコロ狭しと敷き詰められた棚が、窓際近くにあるでしょ? わたし、2002年産まれなんだけど、CDで音楽聴くのも結構好きなのよ」
わたしがそう言った途端、ヒカリがベッドから腰を上げた。
おっ?
充実のCD棚へと、ヒカリは突き進んでいく。
それから、腰をかがめて、とあるUKの90年代ロックバンドのアルバムを引き抜く。
感心したので、わたしは、
「意外~。ブリットポップ的なモノに関心があったのね、あなた~。そのアルバムをピンポイントで引き抜いたってコトは、音楽、相当『イケるクチ』!?」
「ひと通り、『かじった』のよ」
すぐに答えてくれるヒカリが、
「旧(ふる)いって、思った? 90年代中盤のアルバムだから、あたしもあなたも産まれる遥か前の音楽で……」
と言い足すけど、
「『旧い・新しい』と『良い・悪い』は別じゃないの。それに、わたしが好きだから、そのアルバムを棚に納めてるんだし、そもそも」
「……それもそっか。」
ヒカリは、柔らかな声音で、
「愚問だったみたい」
と反省する。
うむうむ。
良い子良い子。