まるで瀬戸内海の上を飛んでいるみたいだった。大きく広がる空。大きく広がる海。海の上に浮かんでいるような島々。予想を遥かに超える素晴らしい景色を車窓から観るコトができた。瀬戸大橋を正直ナメていた。特急『南風(なんぷう)』を正直ナメていた。JR◯日本さんとJR◯国さんを正直ナメていた。ごめんなさい。
岡山駅で購入した駅弁と車窓の絶景のおかげで二重の意味でお腹いっぱいだった。
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岡山駅と高知駅を結ぶ特急『南風』の見どころは海の景色だけではなかった。山の景色も素晴らしかったのだ。列車が四国の山間部に入っていく。吉野川(よしのがわ)の渓流が見えてくる。こんな風景は3年前に彼氏とふたりで伯備線(はくびせん)特急『やくも』に乗った時以来。言うまでもないコトだが東京都心部とはまるで違う眺め。普段は東京都心部のマンション暮らしだから別の世界に来たみたい。吉野川の流れに身もココロも洗われてゆくようだ。青い山々が見える。見下ろすと小さな滝のようなモノが見える。大歩危(おおぼけ)・小歩危(こぼけ)という有名な渓谷(けいこく)を紹介するアナウンスが車内に流れる。
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14時38分高知着。
チェックイン開始時刻直後にチェックインしてホテルの部屋に入る。
「まー、こんなモノよね」
荷物を置いてからシングルルームの率直な印象を呟く。次なる行動は汗を洗い流して身を清めるコトだ。
シャワーを浴びた後の爽快感によってホテルへの評価が上昇する。教育実習前にだいぶ短く切っていた髪がだいぶ伸びてきていて乾かすのに時間がかかる。だけど17時までには乾き切るだろう。
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夕暮れ前に街に出た。暑さはまあまあ和らいでいる。
帯屋町商店街(おびやまちしょうてんがい)。高知市中心部のアーケード街だ。『如何にも人口30万の県庁所在地の繁華街って感じね……』とココロの中だけで呟きながらアーケードの下を歩いていく。勘違いしないでください。高知という街を見くびってるワケじゃないんです。こういったアーケード街をぶらぶら歩きできる機会なんて滅多にありませんから。わたしの横を制服を着た少女が通り過ぎたりすると『こういう街で青春を送れるってステキね……』としみじみ感じますし。ほら、アレですよアレ。氷室冴子の『海がきこえる』。あの小説の中に詰まっていた「青春」を追体験できるというか何というか……。卒業旅行の目的地が高知になった「決め手」もあの小説だったんですから。高校生カップルらしき制服姿の男女もわたしの横を時折通り過ぎていくんです。そんな時は「青春」を2倍追体験できる……だなんて、言い過ぎかな?
『コーヒーが美味しくて雰囲気がいい喫茶店が無いかなぁ』と思いつつキョロキョロしていたら、カッターシャツの制服を着た男の子と眼が合った。
男の子が立ち尽くして明らかにわたしを凝視している。しかし彼の後ろには夏用のセーラー服を着た女の子がいて、険しい目線を男の子の背中に差し込みながら右手で通学カバンを強く握り締めているのだった。
カッターシャツの男の子の無事を祈りながら、『ひろめ市場(いちば)』というスポットの入り口を目指していく。10代の清く正しき少年少女には縁の無い場所だ。いかがわしくは無いけども、オトナのためのスポットだ。
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17時半になっていない時点で『ひろめ市場』の内部には熱気が充満していた。高知弁はもちろん飛び交っているし、高知弁では無いコトバも異国のコトバも飛び交っている。『いったい何時(いつ)から飲み始めてるんだろう?』と思わず疑問を抱いてしまう中年男性や中年より上の男性も少なからず眼に入ってくる。
『彼らはいったい普段は何をして生活してるんだろう?』という疑問は自然な疑問だけど、愚問でもある。人口30万の県庁所在地にこういうライフスタイルの多様性が在(あ)るコトを知ってわたしは安堵している。高知県高知市という都市は息苦しくなくて懐(ふところ)が深い街なんだと思う。たしかに、地方都市ゆえの都合の悪さもあるんだろうけど、不都合や生きづらさを吹き飛ばしちゃうようなパワーがこの市場(いちば)には漲(みなぎ)っているとわたしは思った。
さて、鰹(カツオ)である。卒業旅行が高知旅行になったのを彼氏に宣言して以来、食卓に鰹がのぼるコトは1回も無かった。わたしのワガママ以外の何物でも無かった。『わたしが高知から帰ってくるまで、鰹のタタキは我慢してね……』という無言のメッセージを彼氏に何回送ったコトだろうか。ポン酢は何回も味付けに用いているけど、『高知旅行宣言』をしてから鰹は魚屋さんやスーパーなどで全く購入していない。
潤沢過ぎるぐらい潤沢な資金があった。貯金・バイトの報酬・彼氏からの提供分・両親からの提供分・周りのいろんな人々からの提供分。この旅行に向けて財布を買い替えていた。新品の財布だから、北里博士や渋沢さんを何枚収めても耐え抜いてくれるだろう。もちろんキャッシュレス決済に関しても抜かりは無い。
というコトなので、お客さんの列がいちばん長いお店のお品書きの中で質・量ともに最上(さいじょう)と思われる鰹のタタキを注文するコトにした。
ひとたび摂取すると不祥事を起こしてしまうほどに炭酸入りの飲み物に激弱(げきよわ)なわたし。既に留年しているし、これ以上路頭に迷いたくはないから、生ビールなどには眼もくれず日本酒をオーダーする。升(ます)の中に日本酒入りのグラスが入っているのをイメージできるでしょうか? まさにああいうイメージの通りの飲み方をしようとしています。
トレーの上に鰹のタタキ・日本酒・数種類の酒肴(しゅこう)を乗せて空席を探す。
あった。やった。
鰹やお酒などをこぼさないように注意して席につく。こういった市場(いちば)ならではの簡易的な椅子(?)であり、卓上(たくじょう)もお世辞にも綺麗とは言えないけど、『味がある』とひとたび思えば気にならないから大丈夫。
待望の鰹のタタキに割り箸を伸ばそうとする。
見るからに鮮度抜群な赤身に割り箸の先端が触れる、寸前になって、
『ここ、いいですか?』
という透き通った美しい声が聞こえてきた。
若い女性の声。『寸止め』された不快感は起こらない。
割り箸を鰹のタタキの皿に素直に置いてから、
「いいですよー」
と元気に答え、目線を上げてみる。
真向かいの彼女は、ひと目で秀麗(しゅうれい)な眉目(びもく)だと分かる顔立ち。
わたし同様に、帯屋町のアーケード街を歩いていたら、思わず立ち止まって見惚(みと)れてしまう人が出てきちゃいそう。肌の潤い具合から察知するに20代前半で間違い無い。大学生? ……どうかな。大学生なのか社会人になりたてなのか、見極めるのは少し難しい。
わたしと大違いで短髪だった。ショートボブという定義でいいだろう。髪色は薄茶色。わたしの栗色の髪に負けないキラメキを放っている。これは直感だが、地毛(じげ)なんでは無いだろうか。だったらわたしと互角ね、わたしも地毛だもの。
ちょっとした髪留めや左耳だけに付けられているイヤリングがオトナっぽさを醸(かも)し出すのに貢献している。
真向かいの席につく瞬間に、170センチ以上の高身長女性であるのを察知する。ずばり、『スレンダー』な体型である。控えめな胸の大きさはわたしとドッコイドッコイだけど、160.5センチに過ぎないわたしよりも10センチ以上身長が高いのは確実だし、腰も本当に美しい「くびれ」を描いていて羨ましい限り。そして、とりわけ目立つ脚の長さ。パンツルックがこんなに似合う女性も滅多に居ないだろう。ここまで脚が長く美しい女性と出会うのは、もしかすると生まれて初めてなのかも――。
『食べなくてもいいの? 鰹の鮮度が落ちちゃうわよ』
優しく注意する声をまともに届けられてしまった。
いけないいけない、食べたいモノは、食べないと。
大急ぎで割り箸を持ち、滴(したた)るような赤身を口に持っていく。
驚異的に新鮮な鰹だった。いちばん高額なのを頼んだ甲斐があった。
本場(ほんば)で食べる鰹の味は、東京で食べる鰹の味とは比較にならないぐらい、美味だった。
冷たい日本酒と鰹の赤身が、これまた驚異的に合う。
余韻に浸り始めるわたしは、余韻に浸るがゆえに、真向かいの彼女を、わたしと張り合えるぐらい美しい見た目の彼女を、いつの間にか見つめてしまっていた。
彼女は右手で頬杖し、微笑(びしょう)。
彼女は左手で割り箸を持ち、鮪(マグロ)のお刺身をワサビ醤油でいただく。
左利き?
頬杖をほどいた右手が生ビールの大きなジョッキに伸びる。ぐぐぐぐっ、とかなりの量を一気に喉に流し込んでいく。
大きなジョッキをトンッ、と軽やかに置き、それから、
「あああああああああ~~っ、キモチイイ~~~っ!!」
と、透き通った美しい声のままに叫び、恍惚(こうこつ)とした眼つきになり、
「ここってホント、1週間通い詰めたとしてもまだ足りないぐらい、居心地が良過ぎるわ~~~!!」
と、ココロの底から心地良さそうな声を出したかと思えば、
「ねえ!! ねえ!! あなたもそう思わない!? 居心地、極楽過ぎだって思ったりしない!?」
「ん、んーっと……わたし、ここは、今日が初めてだから……。高知自体、来るのが初めてでもあるし」
「あたしも高知は初の体験よ。ここに来るのは2日目だけど」
悪気は無いんだろうけど、そこはかとなくキワドい言い回し。何がどうとは言わないけども。
「ねえねえねえ、もしかしたら、なんだけど――」
凄まじい勢いを持続させて、彼女は、
「あなた、あたしと同い年なんじゃない!? 2002年度生まれなんじゃないの!? あたし、誕生日が5月3日の憲法記念日だから、23歳にとっくになってるんだけど。どう? あたしの推理、的中してる!?」
「……的中。」
「やったーやったー!! 高知競馬のファイナルレースをブチ当てた気分」
「……買うのね、馬券」
「買わないわよ」
「え、ええっ」
これは……ペースを握られちゃってる、完璧に。
それにしても、
「あのね、わたしは、11月14日が誕生日だから、まだ22歳なんだけど……なんだか、『喋り方』が、『似てる』って感じない? ほら、なんというか、21世紀生まれなのに、昭和まで逆行してしまってるというか……」
「いえてる。それと、よくいわれる」
「や、やっぱり。言われるわよね。お互い様ね」
「――東京出身だったりする?」
「せっ正解っ。住まいは結構転々としてるんだけど、一貫して東京都」
「あたしは、一貫して神奈川なの」
出身地を伝え返してきた後で、彼女は、
「大学も、神奈川の県庁所在地の、某・国立大学法人」
えっ!?
ほんとに!?
マジで!?
そうであるならば、すなわち、
「ちょっとまってまって!! わたしのおとうさんの出身大学と、あなたの大学、おんなじってコトになるじゃないの!!」
「へぇぇーーーっ」
ニヤける彼女は、
「周囲の注目を浴びまくるほど前のめりでハイテンションになるだなんて、よっぽど『事実』が嬉しいのねぇ」
うぐ。
……過剰な前のめりを徐々に直していきながら、
「わたしの大学も言わないとフェアじゃないわよね」
と言い、それから、大学名を伝え、
「恥ずかしいんだけど、わたし、留年しちゃって5年生で――」
と言いかけた、のだが、
「5年生だとかそんなのどーだっていいわよ!!! スッゴい偶然!!! あたしね、院浪人(いんろうにん)して、この前あなたの大学のあなたのキャンパスの院を受けて合格して、来年度からあなたのキャンパスに通い始めるコトになったのよ!!!!!」
「……超えてない!? 奇遇(きぐう)ってレベル」
「こえてるねえ」
そう言いつつ、彼女はまた右手による頬杖を見せてきて、ニコニコと、
「あたしと同じぐらいルックスに自信持ってそうな女の子と、久しく出会えて無かったのよ。こんな旅先で出会うなんて、奇跡の2(ふた)文字」
……そっくりそのまま『お返し』してもOKってコトなのかしら。
OKってコト、なのよね……。