【愛の◯◯】厄介なベース女子は評価できないトコロだらけ

 

21時10分。街の居酒屋。座敷席。今日のライブの打ち上げが始まっている。

おれの正面にはドラムスのちひろ。おれの右斜め前にはギターのあすか。そして、おれの右隣にはベースのレイ。

おれは3人の女子に囲まれているのである。「紅一点」の対義語が全く思い浮かばない。3人の女子に囲まれて緊張しているからかもしれない。「女子3人・男子1人」というメンバー構成に慣れてきたとはいえ、こういう場に来るとカラダが強張(こわば)ってしまう。

「成清(なりきよ)くん、ダメだねぇ」

からかうような笑顔とからかうような声で正面のちひろが言ってきた。

『ダメだねぇ』って、なに。主語、主語。

「『萎縮(いしゅく)』ってコトバの意味、分かる??」

ニヤつき顔とニヤつき声で、ちひろは尚(なお)もおれを弄(もてあそ)ぶ。

中ジョッキの生ビールを啜(すす)ってから、おれは、

「分かるよ、そんぐらい。……ちひろが言うほど、萎縮はしてないし」

「ホントぉ!?」

「お、大声はやめーや、ちひろっ」

狼狽(ろうばい)のおれに、真横からレイが、

「ねえねえ、ちひろ!! 奈美(なみ)の手紙はまだ読まなくてもいいの!?」

おれはレイに眼を寄せつつ、

「奈美さんからの、手紙?」

レイは、

「そうだよ。成清が来る前の、あたしらのバンドの初代ボーカル」

おれは、

「いや……そんなコトぐらい、説明されなくても当然知ってるが」

「わざと説明ゼリフ言ったの。あたし、親切だと思わない?」

レイさん?? いったい誰に対して、『親切』だってゆーの??

「成清は奈美を『さん』付けするよね。もう少し距離間が無くたっていいのに」

そんな風に言うレイから視線を外し、ビールをまた啜る。

おれの眼中(がんちゅう)に再び入ってきたちひろが、

「そろそろ、読んじゃうかー」

と言って、バッグをゴソゴソ。

 

× × ×

 

『イタリア語もだいぶ喋れるようになってきたよ。これなら、留年せずに大学を卒業できそう。わたしが『大学でイタリア語勉強したい!!』って宣言した時、みんなビックリしてたよね。レイなんか、『落第するだけじゃなくて中退しないか心配だよ!!』って青ざめてた。でも、わたし頑張りました。血の滲(にじ)むような……とまでは行かないけど、とにかく、やり遂げられた』

『成清くんのボーカルがわたし羨ましいんだ。というのはね、すごく響くじゃん?? 成清くんの歌声って。『すごく響く』ってのは、カラダの内部にまで浸透するみたいに響いてくるってコト。あすかがさ、昔教えてくれたよね、『五臓六腑(ごぞうろっぷ)に染(し)み渡る』ってコトバを。成清くんのボーカルは、五臓六腑に染み渡るんだ。……悔しくはないけど、羨ましいな』

『あすかの大学卒業までにオリジナル曲を作りなよ。高校生だってオリジナル曲バンバン作ってるじゃん? クオリティの良し悪しなんて考えなくていいんだし、オリジナル曲を作るタイミングはとっくに来てると思うよ。作詞はモチロン、あすか以外にあり得ない。あすかは『言語の魔術師』なんだもんね(笑)。となると、作曲はレイとちひろの共同が無難かな。もしかしたら、成清くんに作曲の心得があるのかもしれないけど。成清くん、作曲経験あったりする?? もし経験あったなら、あすかもレイもちひろも、とっても助かるんだけどな~~』

 

× × ×

 

奈美さんからの手紙を読み切ったちひろが、枝豆の皿の横に手紙を置く。

それから、ちひろは、

「どーよ。成清くん、どーよ」

ちひろの『どーよ』の意図を理解するのに時間がかかりながらも、おれは、

「……『作曲経験が、あるかどうか』、か?」

ちひろは、左手の甲をアゴの下にくっつけながら、

「そーゆーことっ」

おれは正直に、

「高校卒業間際に、何曲か」

ちひろが途端に眼を見張り、

「なにその衝撃事実!? なんで今まで隠してたの」

おれの右脇腹を割り箸で突っついてくるレイが、

「なんでそんな重要なコトずっと言わなかったの!? あんたもギター弾けるのは知ってたから、『作曲したコト、もしかしたらあるのかな……』とは思ってたけど、土壇場になってまで言い出さないなんて、卑怯だよ」

『土壇場』って、なに。

……まあ、カミングアウトが遅過ぎたという自覚は、あるけども。

お行儀の悪いレイは、おれの右脇腹を割り箸でグリグリしながら、

「あすかもショックだよね!? もちろん、悪い意味で」

しかし、問い掛けられたあすかは、何も答えずに、レバニラ炒めが少しだけ残った皿を凝視し続ける。

割り箸グリグリ攻撃を継続するレイが、

「あれっ、どーしたのかな。あすか、あたしたちのやり取り、聴いてたよね?」

あすかは、レバニラ炒めに視線を差し込みながら、

「……聴いてた」

と答えるが、

「ショックでは、無いかな。成清くんにも、いろいろあるんだよ。……うん、そうだよ、きっといろいろあるんだよね。誰にだって、いろいろなコトが、いろいろあって、さ」

と、冴えない声で付け加えてくる。

「こりゃー、スランプな時のあすかだわ」

そう言ったのは、レバニラ炒めの皿に自分も眼を寄せ始めたちひろだった。

 

× × ×

 

22時50分。帰りの電車に乗る駅に向かい歩いていく。

右横のレイと並んで歩いていた。乗る駅が同じなのだ。

「予想外だったよね?? あすかの落ち込み具合」

レイが問い掛けてくる。

「いや、アレは『落ち込み』と言えるのかどうか」

「言えるんだよ。」

ハッキリキッパリとレイは言った。

おれの歩くスピードが少し鈍る。

「あれはきっと、人間関係に起因するモノだな」

とレイ。

「人間関係が原因なのか? そこまで見通せてるって言うんか」

「まったくもーっ、成清は、男子だなーっ」

「……男子で悪いか」

「悪い」

「おおおぃ!?」

ここで、レイが歩みをピタッと止めた。

不可解。

尚(なお)も明るい声で、

「あすか、交友範囲広いんだから。広いがゆえに、ややこしくなっちゃうコトもあるんだよねえ。だけど――」

「だけど、?」

「そうやってややこしくなってる状況を詮索するのも、あたしには、楽しみなんであって」

「おいおい、ヒドくねーか」

「成清が感じるほどヒドくはないと思うよ」

人間関係のややこしさ、なのならば。

イメージしてしまうのは、異性との、絡み合い……。つまり、女子であるあすかと、男子である誰かの……。

「成清って、テレビドラマとか見る?? 恋愛ドラマで、三角関係とか四角関係とかになって泥沼化するやつ」

一歩だけ距離を詰めてきながら問いを投げつけるレイに、

「ドラマは、見ない」

と答える。

「アニメは、見るんでしょー」

「……見ないと言ったら、ウソになる」

「アニメソングにあれだけ詳しいんだもんねえ。あたしたちのバンドでアニメソングは一生演奏しないと思うけど」

「……いや、無かったか? ロキノン系バンドのタイアップ曲だったけど、アニメ主題歌を演奏したコトが」

レイは返答しない。

代わりに、クスクスッ……という笑い声をこぼしてきやがる。

何がおかしい、何が悪い。おれのツッコミに対して笑うんじゃねーよ。

「な・り・き・よ」

おれの名前をわざと細切れにして呼ぶレイ。

「つべこべ言わないでよっ、もうっ。言いたいコトが一生言えなくなるでしょーっ?」

『一生』言えなくなるって、なんだよっ。

……まあ、いいや。

おれは、カラダの向きを変えて、レイと向き合った。

向き合った直後に、

「成清は、あすかのコト、ぜんぜん分かってないよね」

とdis(ディス)り、disった直後に、

「オンナゴコロとか、もう少し、分かってあげた方がいいと思うよ」

と、どういうワケかシットリとした感じを帯びた声でアドバイスしてきて、それから、

「カノジョが居たコト、無いの? もしかしたら、『現在進行形』なのを隠してるとか」

おれは、夜空に向けて目線を上げ、無言を貫こうとする。

黙秘権だ。

「なになに~~。怒っちゃうぞ~~、ヒミツのままにするつもりなのなら」

「……うるせーよ」

「――はいっ、ペナルティ」

はぁぁ!?

おれが『うるせーよ』って言った途端にペナルティかっ。

最高に面倒くさいオンナだ……。

評価できるのは、如何(いか)なる時も、長めの黒髪を、ポニーテールで「押し通す」トコロぐらいか……。

「二次会だ二次会、二次会ペナルティ」

「る、るせえ。終電の遥か後まで飲ませるのなら、お断りだ」

「タクシー拾えばいいじゃん」

「そんなにおれは大富豪じゃねーよ!! おまえだってそーだろ、大富豪の真逆だろ」

「いえてる」

「……だろ?」

「デリカシーに欠ける発言ではあったけど」

「……ふんっ」