えーーっと、皆さんこんにちは。
わたし、牧田香織(まきた かおり)っていいます。
……ほとんどの方が、『誰だよ!?』って思っておられますよね?
なにしろ、このブログには2年9ヶ月ぶりの登場なんですから。
軽く自己紹介を。
わたしは2001年度産まれ。このブログの主人公かつメインヒロインである羽田愛さんは母校の1学年後輩です。共に文芸部員でした。そしてどちらも部長を務めました。
羽田さんはわたしを慕ってくれていました。彼女の方が圧倒的に文学少女だったのに慕ってくれていました。『香織センパイ!』と圧倒的な美少女顔で呼んでくれていたのでした。
わたしは高校時代から既に小説を執筆していました。恋愛経験も全く無いのに恋愛小説を書いていました。某『ひだまりスケッチ』にそんなキャラクターが居たかと思われますがそれはいいとして、羽田さんの圧倒的な文学知識がわたしの創作に好影響を与えてくれた結果、わたしの文体はどんどん研ぎ澄まされていきました。
大学入学後に公募新人賞への投稿を始めました。最初は箸にも棒にもかかりませんでした。しかしめげずに書き続けました。投稿を続けました。
その結果どうなったかというと……。
× × ×
「あたし読んだよ、この前雑誌に載ってた短編」
夜のカフェでそう仰(おっしゃ)ったのは恩師の伊吹(いぶき)みずき先生だった。伊吹先生は文芸部の顧問だった。「伊吹」は実は旧姓で、わたしの卒業後に男の子を出産された。1児のママなのである。
今日は月曜日。伊吹先生は当然明日も出勤。けれども、『『メルカド』は学校の間近だから避けたいけど、学校から少し離れたお店だったら幾らでもつきあったげるよ?』と、わたしの『お会いしたい』というキモチにすんなり応えてくださった。
というわけで、母校から少し離れたカフェにやって来ている。伊吹先生もわたしもカフェラテを頼んだ。伊吹先生のカップの中のカフェラテは半分ぐらいになっている。わたしのカップの中でラテアートは未だ崩れていない。
わたしはわたしのカフェラテをゆっくりと啜った。
カップを置いてから、
「ありがとうございます、嬉しいです」
と感謝し、
「どうだったですか? 辛口でいいので感想を仰ってください。辛口の方がむしろ助かります」
とお願いする。
「ペンネーム、無いんだね。本名だったから、意外だった」
少し意表を突く感想を先生は繰り出してきた。わたしはわたしの『牧田香織』という本名が気に入っていたから敢えてペンネームを作らなかった。『牧田香織』という4文字の字面が雑誌などの目次で映えるのではないかというキモチも強かった。
そういう「ペンネームの無い理由」を伝えようと思ったけど、
「『実感』が籠もってた感じがした。6割ぐらいは『実体験』だったんじゃないのかなーって」
というお言葉で遮られる。
執筆したのは毎度のコトながら恋愛小説だった。伊吹先生のお言葉の『実体験』が何の体験を指しているのかは明白だ。
わたしは、軽やかな身のこなしのように、
「高く『見積もり』過ぎなんじゃーないですか?」
とコトバを返しつつ、カップを再び口元に持っていく。
× × ×
伊吹先生に会いたかった最大の動機はわたしの執筆活動のコトでは無かった。
先月末まで母校は教育実習シーズンだった。そして、わたしも愛する羽田愛さんが『1年遅れ』で実習生として母校にやって来ていた。羽田さんが諸々の事情で『1年遅れ』になったのは既に把握していた。『1年遅れ』というデリケートさがやはり気にならずにはいられなかった。今月に入ってからすぐに伊吹先生にテレフォンをして、『彼女がどんな様子だったのか、是非とも知りたいです』とハッキリと伝えた。
入店から1時間近くが経過していた。
30代後半ではあるけれどわたしたちが学び舎に居た頃から纏(まと)う雰囲気がさほど変わっていない伊吹先生が、
「羽田さんに叱られちゃってたよ、あたし。彼女の方が先生であたしの方が生徒みたいだった。『羽田先生』だったな、カンペキ」
わたしは思わず、
「やっぱり」
と言ってしまう。
明らかな失言が飛び出てしまったからわたしは一気に慌てだす。『ごめんなさい』とか『失礼なコトを言ってしまいました』とかそういう謝りのコトバを言えないぐらい慌ててしまう。
絶賛あたふた中のわたしに、
「香織さんも、オトナになったモノだねえ」
と伊吹先生のご指摘が。
焦るから俯いてしまって、
「ち、ちがうとおもいますっ。わたし、オトナのハンタイでしたっ。『やっぱり』だなんて、無礼なコトを口に出しちゃって」
「いいのよ」
柔らかみのある伊吹先生の声。
顔を少し上げてみる。正面の先生が今日いちばんエレガントに見える。
「羽田さんだけどね、授業の運び方がとっても滑らかで。あたし、彼女の世界史の授業を一度見学したんだけど、勤続経験20年以上のベテランの域みたく感じた。パーフェクトに完成されてたってコト」
『パーフェクトに完成されてた』だなんて。伊吹先生は国語科なのに、お上手ではない日本語を使っちゃっている。
だけど、そんなのはどうでもいい。わたしの期待通りに彼女が『羽田先生』へと立派に成長してくれたみたいでとっても嬉しい。嬉し過ぎて、小説家として独り立ちしようとしている人間なのに嬉しさを巧く形容できない。
「皆口(みなぐち)先生も言ってたよ。『羽田さんの教えぶりを観てたら、『この国の教育界も向こう30年は安泰だな』って思えるようになった』って」
「――ですよね」
胸が喜びに満たされ始めながらわたしは頷く。
それから、正面の恩師と眼を合わせて、
「薄々お気づきになってたかもしれないんですけど。わたし前々から、教壇に立つ彼女の姿を頻りに思い浮かべていて。彼女にとっての『天職』だとしか思えなかったから」
「うんうん」
頷き返してくれる先生。
さらに増していく、伊吹先生に対するリスペクト。
コトバを交わさずに見つめ合う。幸福な空気が流れる。
その中で、
「話は少し、逸れちゃいますけど」
とわたしは切り出し、
「羽田さんに関して、もう1つの『明るい未来』が、わたしにはハッキリと見えていて……」
「――アツマくんとのコト、だよね」
「そうです。アツマさんとのコトです」
力強く頷きながら伊吹先生に呼応するわたしは、
「マジックナンバー、点灯って感じで」
伊吹先生が微笑(わら)って、
「上手い比喩。さすがだねえ」
わたしも微笑って、
「さすがでしょ♫」