『クールで強くてカッコいい』
学校関係者はわたしのコトをそう思ってくれているらしい。
眼の前で今眠っている羽田愛(はねだ あい)さんもそういう認識みたいだ。『わたし在校時代から、一ノ瀬(いちのせ)先生を憧れの眼で見ていて……』と教育実習が始まってすぐにカミングアウトしてきた。
「わたしの方も、あなたのコト、憧れ目線で見てたんだけどな」
わたしとカーペットを共有しながら羽田さんは心地良く眠っている。夫も研修でお泊りだしマンションのこの部屋にはわたしと羽田さんのふたりしか居ない。わたしの方からのカミングアウトのヒトリゴトだって心(ココロ)置きなく言えるんである。
22歳の羽田さんはより一層美しくなっている。それでいて10代の頃から不変の可愛らしさにも満ちている。少しだけズルい。
昨日の夕方から夜にかけての羽田さんは「つよがり」だった。一回りオトナなわたしが弄(もてあそ)ぶ言動を繰り返していたからだと思う。カーペットを鷲掴(わしづか)みの如(ごと)く掴んでいたのを眼にしたわたしは『最高に可愛げがある……!』とか胸中(きょうちゅう)で呟いていた。
羽田さんの「つよがり」がかつてのわたしの「つよがり」と似通っていると思った。
『クールで強くてカッコいい』イメージがどうやら定着しているらしいわたし。たしかに中高生時代から同級生にそんな風に形容された記憶もある。でもその形容はわたしの一側面(いちそくめん)を形容しているに過ぎなかった。ナイーブで「つよがり」だという自己認識の方が強かった。
「20年ぐらい前の、思春期の入り口だった頃は、特に……ね」
わたしはまたヒトリゴトを言ってしまう。
わたしのヒトリゴトが不用意だったからだろうか。カーペットに仰向けの羽田さんに「お目覚め」が兆してきた。30秒も経たない内に眼を開いてしまいそうだ。
× × ×
「羽田さん」
栗色の髪に手入れをまだ施していない彼女に、
「あなた、ピンチになると、過剰に『つよがる』タイプでしょ」
と言い放つ。
ステキな眼を丸くする羽田さんが、
「どうして起き抜けに、そんなコトを……?」
と訊いてくるから、
「ゆうべのあなたを見ていて実感したのよ」
と言い、
「とっても『つよがり』だった中学生の頃のわたしにそっくりだったし」
と言い足す。
羽田さんは斜め下向き目線になる。「全盛期」たる高等部時代ほどではないがまだ長めの栗色の髪に右の手指を持っていく。長さこそ違えど高等部時代と同じくらい無造作な栗色ロングヘアの先端に人差し指を触れさせる。
自分の髪をいじるのは戸惑っているサインだ。
起床直後の立て続けのわたしの指摘が図星だったようだ。図星であっても受け入れ難(がた)いからこういう仕草になるんだと勝手に思う。
× × ×
「アツマくんは、どーしてるの?」
2杯目の朝食後のコーヒーに口をつけようとしていた羽田さんに訊いてみた。
いったんピタリと硬直してしまった羽田さんはやや躊躇(ためら)った後でマグカップの中身を慎重に啜(すす)った。
そしてそれから、
「わたしの彼氏に対する興味を示すのが唐突過ぎますよ……」
とかなり不満げに言い、
「イタズラ心(ゴコロ)でもって『ねじ込んできた』んでしょ、ゼッタイ」
と付け足す。
「そのとーり」
わたしは、
「同居生活3年目で、アツマくんは社会人3年目なのよね」
羽田さんは、
「それがなにか」
とムスーッとしつつ答えるけれども、
「『もうそろそろ』だと思うんだけどな~」
とわたしの方は「攻め」の口を緩めず、
「絶対に『もうそろそろ』でしょ。もし『そうなった』のなら、彼と食べる朝ごはんが100倍美味しくなる」
と含みアリアリのコトバを投げかけていく。
羽田さんは俯く。羽田さんは元から賢い。わたしの遠回しな表現を正しく解釈している……そんな俯き方だった。
その目線の向きのままに、
「わたしは大学5年生です。まだ社会に出ていません。まだ自立できていません。事実を重ねれば、『問いの答え』になる」
と羽田さんはボショボショと言うけれど、
「『問いの答え』? もっと具体化してよ」
とわたしが要求するから、
「それぐらい、自分で具体化してくださいっ」
と反抗ぶりを見せてくる。
× × ×
ダイニングテーブルに着席し続ける羽田さんを真向かいにしてわたしはキッチンにて食器を拭いている。
反抗期めく羽田さんは、
「さやかに何か吹き込まれたんじゃないですか? 一ノ瀬先生とさやか、とっても仲良しなんだし」
青島(あおしま)さやかちゃん。羽田愛さんの同期だ。今年から東大の院生。羽田さんみたいに母校に実習に来てくれなかったのはちょっぴり残念だった。
だけどその無念さはどーでもいいとして、
「さやかちゃんに吹き込まれたのは、あなたの言う通り」
と素直に正しく答えながらも、
「『そういう話題』が『まな板に置かれる』と興奮気味になるのは、さやかちゃんだけじゃないのよ?」
と言い放った直後に、
「伊吹(いぶき)先生がねぇ、あなたとアツマくんの将来に、とっても胸をときめかせているのよ。あなたが卒業してから、ずーっと『ときめき状態』を持続させてるんだと思う」
「なななっ」
眼を大きく見開きながらリアクションコトバを言う羽田さんがいた。
口元が可愛く戸惑って頬(ほほ)にも可愛らしい赤みが兆し始めた。
最大の恩師たる伊吹みずき先生に『裏切られてしまった』という思いもあるのか、
「実習が始まってからアツマくんとの◯◯についてからかってこなかったから変(ヘン)だと思ってたんだけど、伊吹先生、敢えて『溜(た)め込んでた』んですね……」
とピリピリと言う羽田さん。
「30代後半のクセして」
と余計過ぎな愚痴を付け加えるけれど可愛過ぎるから許してあげたくなってきちゃう。