【愛の◯◯】『3日連続欠席』の重み

 

冬が深まり、本格的な寒さになった。スカートの下にタイツを穿(は)く女子も多くなった。

放送室兼放送部室はエアコンが効いていて助かる。ここに居れば、外の寒々しさから逃れられる。

ただ……。

温(ぬく)もっている場合ではないような『問題』が、桐原高校放送部に降(ふ)りかかってきていたのだ。

この問題は、現役部員にまつわる問題ではない。だから、正確には『部の問題』とは言えないのかもしれない。

だけど、わたしたちがよく知っている人物が起こした問題なのだから、部の問題と同等の重みがあるのも確かだ。

わたしたちがよく知っている人物……つまり、わたしたちがよく知っている『センパイ』。

 

× × ×

 

半ば強引に他の部員をスタジオに入らせた。部長の本田くるみと副部長のわたしだけが居る空間になった。双方パイプ椅子に座って向き合っている。

くるみはいつもよりも真剣な顔になっている。

「もう、ほとんど……『確定』、なんだよね」

くるみが口を開いた。

「情報が駆け巡るのが速いよね。高校って、それだけ狭い世界なんだよね」

くるみは『情報』と表現した。

噂が真実味を帯び、確かな『情報』となり、3年生の間だけではなく、下級生の間にまで駆け巡る。

「……モネ先輩さ」

名前を出すために勇気を振り絞るかのように、事(コト)を起こした『人物』の名前をくるみは挙げ、

「共通試験の会場に行けないぐらいに、追い詰められてたんだね……」

本日は週明け、共通試験の翌日。共通試験を受けた3年生は登校して自己採点をする。

でも、モネ先輩は登校していなかった。

受けるはずなのに、受けなかった。……自己採点のしようも無い。

彼女が試験会場に『居なかった』というのを誰かが言い出した途端に、ショッキングな情報は拡散していった。

「モネ先輩のコト、もっと、『見る』べきだったのかな」

くるみが言った。

「『見る』?」

わたしが訊くと、

「おかしな仕草をするコトとか、最近少なくなかったし。彼女のおかしな仕草を眼に留めて、気に留めてたら……早めに『気付けてた』かもしれないって、思って」

「くるみ」

わたしは穏やかに呼びかけ、

「もしかして、抱え込んでる? 自分1人で抱え込むのは良くないと思うよ?」

「わかってるよ。……うん、わかってる」

そう言ってから、くるみは視線を上げて、

「菊乃(きくの)は、どうなの? この事態について、どう思って、どう感じてるの?」

問われたから、答えなきゃいけない――わたしは息を吸い込んだ。

しかし、ここで、くるみの方からバイブ音が聞こえてきた。

スマートフォンを確認したくるみが眼を見張った。

 

× × ×

 

「本当にごめん。こんなに寒い屋外に呼び出しちゃって。……だけど、室内だと、話ができる状況が作れないから」

先代部長・中川紅葉(なかがわ もみじ)先輩は本気で謝っていた。

西校舎の裏側の壁際。桐原高校の中でも屈指の過疎ゾーンだ。紅葉先輩の言う通り、寒い。

緊迫感と相まって、寒さがざらり、と肌を滑ってくる。

「紅葉先輩」

わたしの隣のくるみが、真正面の紅葉先輩に呼びかけ、

「事実なんですね。モネ先輩が欠席したって」

惑うコト無く紅葉先輩は頷き、

「今日だけの欠席じゃない。3日間連続欠席だよ」

土曜日曜の共通試験含めて、全部欠席したというコト。事実。

突きつけられた事実に、胃袋の辺りまでもが冷え込んでくる。

「心当たりは……あったんだ。丸3年、モネとは近い距離であり続けてたんだから、変化には敏感だったし。最近のモネの様子にも、違和感を持ってたし。……でも、結局見過ごしてた。もっとちゃんと話をして、話を聴いてあげるべきであったんであって……」

「先輩。」

今度は、わたしから、紅葉先輩に向けて、

「抱え込んでませんか? 重く受け止め過ぎてませんか?」

「な、なにゆーの、菊乃っ。重く受け止めるのは当然でしょ。身近な大事な女の子の問題なんだよ、反省して、考えまくって、打開策を探るのは、当たり前のコトで――」

「――だけど、紅葉先輩が『壊れそう』になるのも、良くない」

眼の前の彼女はハッとする。

するんだけど、

「きっ、菊乃が、わたしの心配してくれるのは、嬉しいよ!? で、でもさ、でもでも、モネの心配の方が、大事じゃん!? わたしの、500倍……」

「落ち着いてください」

わたしだって動揺しているし、深刻さをひしひしと感じ取っている。

全身に鳥肌が立っているかのように、冷たさに包み込まれてしまっている。

冷たい。身体的にも精神的にも、冷たい。

だけど、だから、『落ち着いてください』と言う。

その理由は。

「……分け合った方が、絶対良(い)いです」

「わけあう……?? どうゆうこと、菊乃っ……」

隣の現・部長に視線を寄せつつ、前・部長に向けて、

「問題を分け合う。そうやって、共有して、モネ先輩を救うコトのできる糸口を模索する」

と言い、

「わたしたち3人で、共有するなら……きっと、できるはず。彼女を、モネ先輩を、元に戻せるはず」

と、チカラを込めた声で言う。

 

× × ×

 

わたしだって迂闊(うかつ)だった。甘かったと思う。特に『認識』が甘かったと思う。

耳に入っていた――年末から年始にかけて、モネ先輩が、プライベートな意味で、難しい事態に直面してしまったというコトは。

たぶん、異性がらみ。

ある日、ある時、ある場所で、ある光景を目の当たりにしてしまって、悪過ぎる意味で衝撃を受けた――。

そこまで『推理』ができていた、のに、なんで、共通試験になるまでに『ケア』をしてあげられなかったんだろうか。

わたしは本気で後悔する。

本当の意味でモネ先輩のコトが理解できていたならば。胸の奥の深い所まで察知してあげられていたならば。五分五分(ごぶごぶ)であったとしても、最悪の事態は避けられたかもしれないのに。

マジで後悔してる。

マジで後悔してる……からこそ。

だからこそ。

ここからは、立ち止まってはいけない。

まだ、決定的な破綻(はたん)には至っていない。モネ先輩が終わる前に、食い止める。どす黒(ぐろ)い沼に沈み込みかけている彼女の手を引っ張って、引き上げる。

わたしに大きな責任が産まれると同時に、大きな責任感が産まれる。