午前9時台。音楽鑑賞サークル『MINT JAMS』のサークル室。わたくし東本梢(ひがしもと こずえ)は、笹田(ささだ)ムラサキくんと紅月茶々乃(こうづき ささの)ちゃんのやり取りを眺めている。ムラサキくんも茶々乃ちゃんも4年生で卒業間際。ムラサキくんは就職活動に失敗し、茶々乃ちゃんは就職活動に成功した。
本来の所属の児童文学サークルからわざわざ『遠征』してきた茶々乃ちゃん。ムラサキくんを慰めてあげたいキモチがあるのかと思いきや、そんなキモチはあんまり無いらしく、
「茨(いばら)の道を進む覚悟はあるの!? ムラサキくん!?」
と彼に厳しく迫っていく。
「覚悟が無ければ……就職浪人なんてしないよ」
ムラサキくんはそう言うけど、声にチカラがあまり籠(こ)もっていない。折れそうなボーイソプラノの声。
「しんよーできないっ!!」
足で床を踏み鳴らそうとするような勢いで、腕組みをしながら、茶々乃ちゃんはムラサキくんを口撃(こうげき)する。
「もうちょい優しくしてあげても良(い)いんじゃない? 茶々乃ちゃん」
とっても微笑ましい光景だとは思うんだけど、ムラサキくんが可哀想でもあるし、私は茶々乃ちゃんにそう告げる。
「んっ……」
と言い、茶々乃ちゃんは腕組みを解く。彼女の攻撃性が少し緩む。
それから彼女は眼を閉じて少し思案をして、そして、
「梢さんを……頼らなきゃ、だよ。梢さんは、ムラサキくんを助けてあげるのに前向きなんだから」
そうだね。
私、とっても前向き。
「経験豊富な梢さんが、カウンセラー代わりになってくれそうなんだから! 彼女のキモチにも、応えてあげなくっちゃ」
うんうん。茶々乃ちゃん、良いコト言ってる。
ムラサキくんの方は、だいぶ照れ顔。私に頼れるのは嬉しいけど、私に頼るのが恥ずかしくもあるんだろう。まさに嬉し恥ずかしだ。
かわいいな……と思っていたら、私の方に彼は視線を寄らせ、
「あ、あのっ。相談に、乗って、くださるのなら……」
と、上(うわ)ずった声を出してきたかと思うと、
「一緒に……食事に……行きませんか??」
途端に茶々乃ちゃんが、
「なに言うのムラサキくん!? 自分がどんな意味合いのコト言ってるのか理解してるの!? 助けてもらえるからって、食事のお誘い!? わたし基本的に非暴力主義だけど、そういうバカなコトばっか言うんだったら、非暴力主義を放棄しちゃうよ」
すごい勢いで激怒する彼女を眼にして、ムラサキくんは少し後ずさるけど、
「美味しくてオシャレなラーメン専門店が、飯田橋の辺りにオープンして……梢さん、きっと気に入ると思ってたから……」
「そーゆーモンダイじゃなーーーい!!!」
沸騰しまくり状態の茶々乃ちゃんが、テーブルに置かれていた某・音楽雑誌を鷲掴みにし、ムラサキくんを叩く「武器」にしようとする。
のだが、
「茶々乃さん、雑誌の扱いは丁寧にしなきゃ……。その雑誌を編集してる人たちが泣いちゃうよ、そんな持ち方したら」
と、彼にたしなめられてしまう。
「ハナシをそらさないで。モンダイと、ゲンジツと、むきあってっ!!」
「――茶々乃さん。今の、きみってさ」
「……??」
「なーんか、コドモっぽいよね。幼いというか、なんというか。……不思議なモノだなあ」
× × ×
ムラサキくんが茶々乃ちゃんに往復ビンタを食らったかどうかは……彼の名誉のために、伏せておく。