カフェの貸し切り部屋でまったりとした時間を過ごしている。
タブレット端末から顔を上げてみる。小説を読みふけっている姉が眼に映る。
かなり分厚いハードカバーの小説本のページをかなりのスピードで姉はめくっていく。
ちゃんと読めているのだろうか。……ちゃんと読めているんだろうな、読み慣れているから、スピードを上げられるんだ。
「あっ」
姉がページをめくる手を停めて、短く声を発する。視線がぼくの方に伸びてくる。
「わたしの読書スピードの速さに見とれてたのね?」
「見とれるのとは、ちょっと違うかな」
「ごまかせないわよ」
「ごまかす気なんてないよ、お姉ちゃんに対して」
「ホントぉ?」
分厚いハードカバーをいったん閉じ、ニヤつき気味の表情で、
「利比古(としひこ)に、クイズ」
「クイズ? いきなりだなあ」
「わたし、300ページの小説本を、平均何分(なんぷん)で読み切ると思う?」
「分単位なんだ」
苦笑いで言うぼくに、
「分単位で答えてよ」
と姉は要求する。
1分間につき4ページとするならば、
「平均で、75分」
ぼくの解答に対して、
「あまーい」
とジト目スマイルで姉が言ってきて、
「60分よ。平均60分」
1分間につき5ページってコトか。
「スゴいな、お姉ちゃんは。ぼくだったら、300ページの小説、5時間ぐらいはかかっちゃうと思うよ」
「1分間に1ページってコトじゃないのー。あまいわねー、やっぱり」
「お姉ちゃんがビター過ぎるんだよ」
「あらぁー」
ジト目スマイルを持続させつつ、
「あんたにしては、巧みな切り返しねぇ! どこでそんな切り返し方を習得したのかしら」
これぐらいの切り返しなら、習わなくったってできますから。
舐め過ぎないでほしいと思うよ。弟として。
「わたしの『1日の最高読書冊数』を知りたくない!?」
はしゃぐようにして勝手に話を進めていく姉は、
「1日で、最高10冊。」
と、すぐさま『最高記録』を開示していく。
「それ、いつの時の記録なの」
「それこそクイズよ。あててみてよ」
さほど考え込むコト無く、ぼくは、
「高校3年生の時。たぶん、受験勉強があまり忙しくなってない時期」
「エッ……。どうしてわかるの、あんた。しかも、『受験勉強があまり忙しくなってない時期』ってコトまで……」
姉が急激に狼狽(うろた)え始めていくからぼくは楽しくなる。
さっきまでタブレット端末で閲覧していたWikipediaの【新潟総合テレビ】の項目がどうでも良くなってきて、
「どうしてわかるのか? ――それはたぶん、ぼくがお姉ちゃんの弟だからだよ☆」
× × ×
空が暮れかかっている。駅まで続く道は遠回りの道だからヒッソリとしている。
カフェに向かう時までは、ぼくが姉の背中を見ながら歩いていた。今は逆に、姉がぼくの背中を見ながら歩いている。
高校3年生の時に『1日10冊』を達成した姉。文学少女の極み、といったトコロか。
思えば、あの頃も、現在(いま)と同様に、姉は性格の面倒くささを盛んに発動させて、ぼくたちの手を焼かせていた。
まあ、手を焼きながらも、ぼくたちはそんな姉を嫌いにはなれなかったワケなんであるが。
結局は、魅力が勝つのである。手がかかるからこそ、嫌いになれない……そんな感じだった。
なんだかんだいって、少女時代の姉と渡り合うのは、楽しかった。
「利比古」
しみじみとした回想に浸りかけていたぼくの名前を姉が呼んできた。
「……ちょっと止まってくれない?」
足を止めてほしいらしい。
背後からの要求に、ぼくは素直に従ってあげる。
振り向いてはいない。でも、姉がどんな表情をしているのか、手に取るように分かってしまう。
姉がどんな感情になっているのかすらも、だいたい把握できてしまう。たぶん、弟だから。
ヒトコトでいえば――甘えたいのだ、姉は。
ブラザーコンプレックス的なモノが絶賛発動中で、弟の背中が恋しくなってきている――そんな感じであるはずだ。
ぼくの『読み』は的中する。
「としひこダイスキっ」
そんなコトバと同時に、むしゃぶりつくようにぼくの背中に抱きついてくる、身長160.5センチの姉。
160.5センチのムダの無いカラダは、柔らかくて、ほんのりと温かい。
両側の鎖骨付近に両手で触れてくるから、
「そこは、くすぐった過ぎるかもなーっ」
と、やんわりたしなめるけど、
「そんなコト言うんなら、もっとギューッとするっ!!」
と、18歳未満に戻ったような声で……姉は。
当分離れてくれないな。
やれやれ。
幾つになっても、姉は姉、か。
呆れてしまう一方で、
『そういう面倒くさいお姉ちゃん、ぼくもダイスキだよ』
と、胸の奥で呟いたりするのである。