机に向かって作業中の新田俊昭(にった としあき)くんは猫背だ。相変わらず、見栄えが良くない猫背だコト。漫画を描くのに必死なのは分かるけど、あなたの猫背は絶対に矯正した方がいいと思うわよ? ――姿勢が良くなったら、作業能率も向上するでしょ。
新田くんのアパート部屋の新田くんのベッドに腰掛けて、作業中の彼の猫背をしばらく眺め続けていた。
正午を告げるチャイムが外から鳴り響いてきた。
このチャイムが響き終わった直後、わたしは、
「新田くん? 猫背になって作業に没頭してるトコロに割り込むみたいで、悪いんだけど……そろそろ、お昼ゴハンの時間にしたらどーかしら」
「昼飯時、か……」
呟くように言う新田くんは、振り向いてもくれないし、手を止めようともしてくれない。
「わたし、おなかが、けっこうペコペコなんだけどなーっ」
いつもはあまり用いない口調で、彼を揺さぶっていこうとする。
彼の右手がなかなか止まらない。作業に固執している。
「呆れたわね。わたしのキモチ、酌(く)んでくれないのね」
呆れを滲(にじ)ませた声を彼の猫背に突き刺し、それから、
「手を止めてくれないと、『大井町侑(おおいまち ゆう)オリジナルパンチ』よ?」
この「通告」が非常に効いたようで、新田くんの右手からGペンがポロっとこぼれ、コロコロと机上を転がったのであった。
× × ×
非常に都合良いコトに、注文から僅か30分で、お寿司屋さんの出前がアパート部屋に届けられてきた。
なお、出前のお寿司がやって来るまでの30分間、わたしと新田くんが何をしていたのかは、文字数などの都合で省略する。
ベッドと机の中間にある丸テーブルに特上握り寿司が2人前。わたしが全額負担しようとしたんだけど、新田くんが『俺の方から、最低2000円は出すから!』と主張したから、彼の思いを尊重してあげるコトにした。
さて、一刻も早く食べるだけ、なんだけど、
「新田くん、わたしの方に回ってきてくれない?」
「えっ……。どゆこと、それ」
「向かい合って食べるんじゃなくて、隣同士で食べたいのよ」
「いっいやいや、普通は、向かい合って食べるでしょ」
「特上握り寿司は、普通のお食事じゃないわよねえ?」
「そんな理屈……」
「あなたと隣同士で食べた方が、絶対に美味しいから」
「……こだわるんだな、横並びで食うコトに」
「こだわるに決まってるでしょ」
「ただ、きみの隣に来て食うとなると、寿司の味に集中できなくなるかも」
「なに言ってるのあなた!? そんな懸念材料、今すぐ捨てちゃいなさいよ」
「とっ突然叫ばないでくれっ」
「叫ぶわよっ。あなた、よっぽど『実力行使』に出られたいみたいね……!!」
× × ×
特上握り寿司の容器を片付けたあとで、わたしとわたしの彼氏は、わたしの彼氏のベッドに横並びで座った。
わたしの彼氏が右隣に居てくれるから、美味しかったお寿司の味の名残りが未だにある。
だけど、お寿司でお腹とココロを満たしただけでは、まだ完全に充たされない。
だから、
「ねえ。わたしだけど……実を言うと、かなり『ヘロヘロ』なのよ」
「『ヘロヘロ』?」
「そう。月曜から金曜の5連勤で、残業も結構あったし」
「疲労してるってコト? 今日のきみに、5連勤の疲労なんて感じられないんだが。この部屋に来た瞬間から『破竹の勢い』じゃあないか」
「なーんにもわかってないのねー。社会の荒波に揉まれてないだけあるわねー」
「うっ」
新田くんが中途半端に呻(うめ)くのが許せない。
許せないから、より一層甘えさせてもらう。
わたしは瞬く間に、わたしの右肩を新田くんの左肩に、密着。
「たくましさ」のようなモノが少しも感じられない左肩なのは残念だけど、さっきまでよりも更に安らいだ気分にさせてくれるから、「合格」ってコトにしてあげる。
「感謝するわ」
甘い声音で告げてから、
「こうして肩をくっつけてると、優しいキモチがココロの底から湧き上がってくるのを自覚できる。寄り添ったりスキンシップしたりするのをあなたが許してくれるから、昨日までとはまるで違う大井町侑になるコトができる……」
押し黙っちゃっている新田俊昭くんのカラダの温度を把握できる。
彼は、『作業に復帰させてもらいたいんだが』なんて言わない。
彼のそういう配慮がわたしの胸を満たすからこそ……もっと、彼という存在を思いのままにしたくなってきちゃう。