【愛の◯◯】喋り方への憧憬

 

今週を締めくくる『私文世界史』の授業も終盤になっていた。

白板(はくばん)の上の時計を見ながら、

「少し早いけど、ここまでにしておきましょうか」

と言い、熱心にノートをとっている生徒たちに振り向く。

教卓に歩み寄り、教卓の縁(ふち)に両手指で触れて、

「みんな、今週もお疲れさま」

と温かく言い、

「あなたたちは受験生だから、土日も自分で勉強すると思うけど、息抜きを適度に挟むのも大切よ。ココロやカラダがあまり張り詰め過ぎないようにするのよ」

と言ってあげてから、ニッコリとした表情を作り上げて、生徒たちを見つめてみる。

イノウエくんという男子生徒と視線が合った。

イノウエくんは途端に真下を向いてしまった。

「あーっ。イノウエが、羽田(はねだ)先生にデレてる」

異変を見逃さなかった女子生徒のニシグチさんが、教壇のわたしから見て右横の席のイノウエくんに痛烈なコトバを食い込ませた。

「うるさいな、ニシグチ。おれは、デレてないっ」

反発するイノウエくんの声には強さが感じられない。

「説得力皆無だぞー、イノウエ」

からかうニシグチさん。

収拾がつかなくなるのはダメだから、

「はいはい、そのへんにしておきましょーね、ふたりとも。もう高校3年生なんだから、コドモじみたケンカはNGよ」

と微笑みながら叱ってみる。

真下を向き続けるイノウエくん。

イノウエくんから愉(たの)しそうに視線を外すニシグチさん。

このタイミングで、ニシグチさんのひとつ前の席の女子生徒・ニシダさんが、

「羽田先生、わたし、気になるコトあるんですが」

「なあに?」

穏やかに発言を促すわたしに、ニシダさんは、

「羽田先生の喋り方って、とってもエレガントで、とってもステキだと思うんです」

と言ってくれてから、恥じらうような面持ちになっていって、

「……だけど、『とっても珍しい喋り方だ』ってキモチも、わたし……捨て切れなくって。珍しいってのは、例えば、語尾、だとか。『そのへんにしておき〝ましょーね〟』とか『ケンカはNG〝よ〟』とか、わたしのお母さんも、そんな語尾、くっつけたりしないし」

わたしは、ニシダさんの恥じらいに対して、

「よく言われるわ、『喋り方が昭和だよね』みたいに。わたしの彼氏も、『時代に逆行した語尾だよなー』とか、ときどき言ってくる。――ニシダさん、わたしの喋り方に大きな影響を与えたのは、昭和の翻訳小説の女性登場人物のセリフ回し」

「昭和の、翻訳小説」

丸々とした眼でわたしを見つめながら声を出すニシダさん。

「そう。昭和の、翻訳小説」

わたしはニシダさんに呼応してあげて、

「そういった小説を、小学校高学年の頃から読み耽るようになったのよ」

 

× × ×

 

あすかちゃんが、丸テーブルに右肘を密着させて頬杖をつきながら、わたしに見入っている。

わたしはリビングソファに座って読書中。夕食後のお片付けを全て彼氏に押し付けて、トマス・ハーディという作家の小説を味わっている。

わたしに見入っているあすかちゃんの眼がウットリとした眼になっているのを感じたので、トマス・ハーディをいったん閉じて、

「わたしの美貌に見入ってたら、何時間でも退屈しない……。そういうキモチ、良く理解できるわ」

と、第三者が聞いたら唖然呆然とするかもしれないコトを言う。

「お見通しなんですねえ。流石は、おねーさんだ」

そう応えつつウットリと微笑むあすかちゃん。

わたしの最愛の妹分たる彼女は、右肘を丸テーブルから離し、頬杖を終えて、

「今夜はわたし、やってみたいコトが1つあって」

「なあに? やってみたいコトって」

わたしの最愛のあすかちゃんは、恥じらいのようなモノを顔に浮かべるコトも無く、

「おねーさんの喋り方の、モノマネ大会」

ちょっとくすぐったい気分になっちゃうわたしは、

「またまたまた。モノマネするのはあすかちゃんだけなんだから、『大会』でもなんでもないでしょーが」

と、軽快にツッコミを入れていく。

すると、

「細かいコトはいいのよ、おねーさん」

と、あすかちゃんはもう『モノマネ』を開始して、

「さっきまでの優雅に読書してる姿、あり得ないぐらいステキだったわ。わたし、どこまで行っても、おねーさんみたいに優雅に読書はできない。決して真似できないの。だけど、コトバづかいとかだったら……少しは、真似できる自信がある。だから、こうやって、おねーさんの絶滅危惧種な喋り方に近付いていこうとしてるのよ」

『絶滅危惧種』って、ホメてるのかな。

――まぁ、細かいコトは、いいのよね。

「おねーさん。わたし、おねーさんの左サイドに座らせてもらうわ」

すーっと腰を浮かせるあすかちゃん。

瞬く間に、わたしの左サイドに、最も愛すべき妹分のカラダがやって来る。

「できるなら、わたしのワガママを受け入れてほしくって」

そんなコトバと一緒に、妹分のカラダの気配が近付いてくる。

「なんでも言ってごらんなさいよ」

視線を寄せながら促すと、

「ムギューーーッ、って、したいわ」

と、あすかちゃんは。

「スキンシップってコト?」

そう訊いたらば、

「ただのスキンシップじゃないわよ。おねーさんへのスキンシップなんだから、トクベツなキモチを籠めて、ムギューーーッってしていきたいのよ……!」