【愛の◯◯】おフザケが過ぎると呼び捨てにだって鬼にだってなる

 

背が高くスッキリとした川口小百合(かわぐち さゆり)さんの体型にトップスもボトムスも程良く調和しています。こんなに涼しげなミドル丈のスカート、わたしは所持していなかったかもしれません。

「蜜柑(みかん)さん」

向こうのソファからわたしの名を呼んでくる小百合さんが、

「そろそろ私もメイド服に着替えて『修業』を始めていきたいトコロ、なんですけど……」

と言いながら、不穏さ混じりの微笑み顔になって、

「その前に蜜柑さんに『してほしいコト』がありまして」

条件反射の如く身構えてしまうわたしの耳に、

「私やっぱり『呼び捨て』の方が良いです。『小百合〝さん〟』じゃなくて『小百合』って呼んでほしいです」

とお気持ちの表明をする声が食い込んでくるので、ヒヤリとした感触が肌に産まれてきてしまいます。

「試しに『小百合』って呼び捨てにしてみませんか? 1回だけで構わないので」

彼女は微笑み溢れる表情で、

「蜜柑さんとの付き合いもそこそこ長いんだし」

と言い、それから、カラダの前のめりの度合いを強めてわたしに視線を注ぎ込んでくるのです。

メイド服に身を包んでいるわたしはメイドたるに相応しきカラダの姿勢を懸命に保とうとしながら、

「あなたはなぜそんなにも、呼び捨てにされるコトを願ってるんですか?」

「蜜柑さん蜜柑さん、タメ口でOKですからぁ」

ぐぐっ。

小百合さん、手強い……。

「……身構えてしまうのよ、あなたがあまりにも積極的だから」

互いを隔てている横に細長いテーブルに視線を落としつつタメ口になってあげるわたし、なんですが、

「積極的にもなりますよ」

と小百合さんのチカラ強い声が到来して、それから、

「蜜柑さんに『ついていきたい』ってキモチがとっても強いので!!」

という勢いありまくりな声がわたしのココロに突き刺さってきて……。

 

× × ×

 

2階に上がり、小百合さんへのメイドのお仕事の指導を始めようとしています。

彼女がメイド服を着るスピードもずいぶん速くなりました。わたしの予測以上の速さです。

できるならば、メイド服の着方(きかた)だけではなくお掃除の仕方やお料理の仕方においても向上が見られると、教える側としては大変嬉しいのでありますが……。

「小百合さん? 掃除機の収納場所はもう御存知よね?」

小百合さんを『小百合』と呼べないままのわたしは問うてみます。

「もちろんですよ~~。そんな初歩的なコトはもうとっくにインプットしてますって♫」

彼女の応答が軽やか過ぎるほど軽やかなので、

「それなら、掃除機を出してきてちょうだい」

と促す声のトーンが少し厳しめになってしまいます。

なぜか彼女がその場から動こうとしません。

「……わたし、『掃除機を出してきて』って言ってるんだけど」

キツめのニュアンスのコトバを口から出しはしましたが、胸中では困惑の方が優勢になってきています。

イヤな予感がします。

この子もしや、さっきの『呼び捨て要請』では飽き足らず、わたしの弱いトコロをなおも……?

わたしにまっすぐにカラダを向けてくる川口小百合さん。

彼女が167センチでわたしが168センチですから、目線の高さがほとんど同じ。

その、目線の高さがほとんど同じだという点が、なぜだか不安と緊張に拍車をかけてきます。

「掃除機を取りに行く前に、1つだけ質問させてください」

ドクンッ、と心臓が跳ねるのを自覚します。

拒めないわたしがいます。何も言うコトのできないわたしがいます。

疑いようもなく大ピンチ……。

大ピンチであるコトの自覚が際限無く高まってきたトコロに、

「蜜柑さんは、笹田(ささだ)ムラサキさんと、先月合計何回デートしたんですかぁ!?」

というあり得ないほどに朗らかなる声が……!!

 

× × ×

 

小百合さん!?

わたし、ムラサキくんとの関係にまつわる◯◯を突っつかれた弾みでとうとう、

『ふざけるのも良い加減にしなさい、小百合ッ!!』

って、あなたのコトを生まれて初めて呼び捨てにしたけれど……あの時のわたしのココロの内部の混乱ぶり、少しは感じ取ってくれてるのよね!?

感情が破綻(はたん)するぐらい混乱しまくってたんだからっ。

年下のオトコノコとの『おつきあい』について今後も突っついてくるつもりならば、わたし、現在(いま)の100倍あなたに厳しくなってあげるから。

100倍は誇張じゃない。

からかってくるのなら鬼にだって何(なん)にだってなる。

産まれた年が6つも上のオンナをあんまりナメるんじゃないわよ……!!