「わたしの名前は羽田愛(はねだ あい)。23歳のうら若き乙女。仮免(かりめん)の講師として、高校生に世界史や倫理を教えていて……」
「オイオイどーした。食事が終わった途端に、誰に向けてのモノなのか分からない自己紹介を始めやがって」
「アツマくんうるさい黙って」
「おいコラッ」
「今日は7月1日でしょう? 新しい月の初日でしょう?」
「それがなにか」
「新しい月の初日こそ、改めて自己紹介をするのに相応しいんじゃないの」
「……いや、分からんのだが、因果関係」
「とりわけ、7月の初日に自己紹介するのは重要なのよ。――ほら、7月になると、テレビアニメやテレビドラマの新番組、一斉に始まるでしょ? 『テレビの番組改編期に合わせて自己紹介する』って意味合いもあるのよ」
ダイニングテーブル真向かい席のアツマくんは、まだピンと来ていない御様子。
しょーがないわね……と思いながらマグカップの取っ手に触れようとしたら、
「いちばん疑問なのは、『おまえが誰を対象として自己紹介をしようとしてるのか』ってコトなんだが?」
と言われたから、『ホントにしょーもない彼氏なんだから……』という憤りを抱いてしまう。
ピリピリとしてきているが故に、
「読者の皆さま、わたしの彼氏のこんな態度をどう思われますか?」
と、ダメ彼氏から一気に眼を背けつつ、不特定多数に向かって問い掛けるのである――。
× × ×
「わたしの自己紹介を妨害してきたから、今夜聴く音楽の選択権は剥奪よ」
そう言いながら、大きなCD棚に眼を高速で走らせていく。
背後のソファには、音楽の選択権を剥奪されたアツマくん。
「おまえ、どのCDを再生するつもりなの」
問われたから、瞬時に、
「ザ・ビートルズ」
と答える。
「ほほーっ。今年で来日公演60周年のバンドのCDが聴きたいんですかーっ」
なによその口ぶり!?
来日公演60周年だからなんなの!? 何を言わんとしてるのか、ぜんぜん見当つかないっ。
とりあえず、
「『ビートルズって、もう古くね?』みたいなコト言ってきたら、ホワイト・アルバムの『レボリューション9』を36回連続で聴かせるわよ!?」
「うお怖(コワ)っ」
だらしのない声で反応する彼氏に、
「36回の『36』って数字、いったい何から来てるのか」
と疑問を向けられるけど、
「36は9の倍数でしょっ!?」
と、疑問を叩き潰すために、わたしは大声を上げる……。
× × ×
時刻は夜9時を回った。
ビートルズのアルバムの再生も終わった。どのアルバムを聴いたのかは、わたしの気まぐれによって省略させてもらいます。
「たまには、リヴァプール・サウンドも、良いもんだなあ~~」
ソファの上でダラダラしているアツマくんが、無知をさらけ出すようにして言ってくるから、
「あなたがビートルズを批評するなんて、100年早いんだからね!?」
と厳しく言いながら、彼の眼前(がんぜん)にぐいぐいと迫っていく。
「批評はしてない!」
笑いながら言うアツマくんの両肩目がけて、両腕を素早く伸ばしていく。
「もう『読書タイム』の開始予定時刻を過ぎてるのよ? ヘラヘラな態度を見せてくるのは終わりにしてっ!」
そう叱った2秒後には、彼氏のカラダを自分のカラダに完全に引き寄せていた。
「すごく難解な本を読ませたくなってきたわ」
7割本気でわたしは言う。
嫌味な微笑の彼氏は、
「アレだろ。ヘーゲルの『精神現象学』とか、ハイデガーの『存在の時間』とかだろ」
わたしは瞬速で彼氏の胃袋近辺をパンチし始めて、
「難解本(なんかいぼん)イコール『精神現象学』『存在の時間』なんて認識は、まさしく読書素人の認識」
と批判する。
パンチ連発の両手の勢いを緩めないままに、
「ヘーゲルやハイデガーじゃなくてウィトゲンシュタインを持ち出してきてたら、まだ許せたのに」
「え? なんでヘーゲルやハイデガーがダメで、ウィトゲンシュタインはダメじゃないんだよ」
まだ『緩い』彼氏のままだから、キツめに抱き締めていくしかなくなる。
大きく逞(たくま)しい彼氏の背中をグググググッと押さえつけて、
「『論理哲学論考』を300回以上読み返したら、その理由が分かるはずよ」
と言うんだけど、
「ろんりてつがくろんこー?? それ、誰が書いた本なん??」
と、おフザケの手を緩めない彼氏がいたから、どんな手段を使ってでも屈服させたくなってくる……!!