『椛島(かばしま)先生と二宮(にのみや)先生がもうすぐ結婚するみたいだ』という情報がどこからともなく流れてきた。椛島先生は30代前半女性で国語科担当、二宮先生は30代中盤男性で英語科担当。今年の3月、わたしが母校を卒業するのと同時に、ふたりともわたしの母校から巣立っていった。
ふたり同時に離任した直後の急展開。気にならないワケがない。とりわけ椛島先生は、わたしが部長まで務め上げた『スポーツ新聞部』の顧問だったのだ。
JR東日本の某路線で彩(さい)の国(くに)から東京都心に南下しようとしている。どうにか着席するコトのできた車内で椛島先生と二宮先生のカップルに想いを馳せる。本当に『もうすぐ結婚する』のならば、もう既に、どちらかがどちらかに指輪的なモノを渡しているのではなかろうか。そういう場面をおぼろげに想像して、わたしはわたしの胸をジンワリと熱くさせてしまう。
× × ×
『『スポーツ新聞部』の後輩たち、椛島先生がいなくなって、『椛島先生ロス』になってたりしたら心配だな』
東京都心の某駅に降り立ってからすぐに、そんなキモチがこみ上げてきた。
『部長のノジマくんも副部長のタダカワくんも、どちらかというと打たれ弱そうだし』
自分勝手に胸の内で呟いて、苦笑する。
失敗を恐れちゃダメだよ、失敗は成功のお母さんなんだから……とココロの中でダブル後輩男子にエールを送りながら、『彼女』が駅出入り口付近に姿を現すのを待つ。
『彼女』の姿にひと目で気付くことができた。駅出入り口付近を行き来する人の群れの中で、『彼女』がいちばん光り輝いていたからだ。
『源氏物語』の光源氏の女性版……なんて、羽田愛(はねだ あい)さんに失礼だろうか。
わたしと愛さんの距離は約1メートル前後。夕方だから、愛さんの栗色ロングヘアが最高の輝きを放っている。まばゆい。
惜しむらくは、もっとオトナっぽいコーディネートの方が似合うトコロ、なんだけど、
「愛さん、お仕事お疲れ様でした」
と、眼と眼を合わせてわたしは挨拶する。
「そんなに疲れてないわよ~。お疲れなのは、オンちゃんの方なんじゃないの? 大学生活に慣れていく途上なんだし、5月の病気的なモノも手強いし」
清涼感に満ちたステキ過ぎる声が耳に響いてくる。『疲れてない『わよ~』』だとか、20代とは思えない古風な言い回しすらもステキ過ぎる。
「5月の病気的なモノは殲滅(せんめつ)しました」
わたしがそう答えたら、
「あらぁ。『殲滅』なんてコトバ、よく知ってたわねぇ」
と言われたから、くすぐられて、免れがたく苦笑いになってしまいながらも、
「ナメないでくださいよー。もう大学生なんですよー?」
わたしのささやかな反発を受けた眼の前の23歳女性は最高に柔らかな微笑を作り上げて、
「流石は、未来の国語教師。将来有望過ぎるわ☆」
× × ×
シアトル系の香りを漂わせるカフェは、穴場なのか、そんなに夜も深まっていないというのにあまり混雑していない。
早くも3杯目のハウスブレンドに取り掛かっている愛さんが、少しも音を立てずにマグカップを置いた。
「ねえねえ、オンちゃん」
真向かいからわたしをニックネームで呼んできて、
「あまり混み合ってないんだし――恋バナでも、する?」
またまたー。
愛さんってば、すぐ『恋バナ』とか言い出すんだから。
どうせ、
『大学に入学して、新たなる『出逢い』が幾つも生まれてるんじゃないの!?』
みたいに、テンション高く言ってくるつもりなんだろう。
だから、
「恋バナには、時間帯、まだ早いと思います」
と微笑(わら)いながら厳しく言って、それから、
「わたしは愛さんのお仕事のコトが気になるんですけど。わたしよりひと足もふた足も早く、教壇に立ってるんですから」
「ダメよーオンちゃん。たしかに教壇には立ってるけど、『教諭』じゃなくて『講師』に過ぎないんだから」
そう言って右手をヒラヒラさせる愛さんがいるんだけど、
「細かいのは無しです。わたしと愛さんの間柄なんだから」
と、わたしはささやかに反発する。
わたしのマグカップの中のカフェラテはほとんど残っていない。
熱いカフェラテをお代わりしたくなってきた。
愛さんとの熱い時間を引き延ばしていきたいキモチが強まっているから――。