波照間逸子(はてるま いつこ)。あたしはいつも『イーちゃん』と呼んでいる。
160センチ台前半であたしよりも背は低いものの、あたしよりも胸が大きい。細眉(ほそまゆ)が美しく、黒髪ロングストレートで、ヘアバンドをよく付けている。
今日は紺色のヘアバンドを付けて太刀川家(たちかわけ)にやって来てくれた。あたしの部屋のカーペットに腰を下ろして、ベッド座りのあたしを見上げている。
「新年度になったばかりなのに、仕事の休みがよく取れたわね」
あたしはイーちゃんに言う。
イーちゃんは某・大手物流会社の系列会社に勤めている。親会社の経営者は彼女のお父さん。いわゆる「ご令嬢」であるというわけだ。
「融通が利くんだよ。みんなが思ってる以上に」
応えるイーちゃん。
『「ご令嬢」だからなんじゃないの?』と言いたくなるのを懸命に抑えて、
「あたし、嬉しいわ。休みを作って、ここまで来てくれて」
キモチを伝えられたイーちゃんは、
「このお家(うち)は居心地が良(い)いし」
と言ってくれたあとで、
「私の家だと、気が休まらない時も多いから」
と、苦笑いで付け加える。
× × ×
当初は距離が遠かった。クラスも別々だったし、彼女が形成しているグループとの関わりも皆無だった。あたしと繋がりが出来るなんて思ってもみなかった。
でも、予想に反して、ふとした弾みに距離が縮まるのが積み重なり、女子校中等部2年の時にはもう親密な間柄になっていた。
『繋がりが出来そうになかったから、繋がりが出来たのかな』
そう思ったりもする。変な理屈ではあるんだけど……ね。
あたしだったら絶対に手に取らないような雑誌をイーちゃんが読んでいる。カーペット上で熱心に読み耽っている姿を、ベッド座りのあたしは柔らかく見つめる。
読むモノの趣味も異なれば、聴くモノの趣味も異なる。あたしとイーちゃんの好みはことごとく食い違っている。ヘアアクセサリーの好みだってそうだ。あたしだったらヘアバンドなんて一切付けない。
食い違い続けるからこそ、傍(そば)に居ると、ココロが安らぐ。
イーちゃんだって、同じキモチを抱いているはず。
食い違いながらも、互いに通じ合っている。そんな関係。
× × ×
「イーちゃんの喋り方って、あんまり『お嬢さま』っぽくないわよね」
イーちゃんが読んでいる雑誌の残りページが僅かになったところで、思い切って言ってみた。
「えー」
雑誌から顔を上げるイーちゃんは、可愛く苦笑して、
「家柄とか、そんなに関係なくない?」
と言い、あたしの顔に目線を伸ばしながら、
「いちばん『お嬢さまコトバ』なのは、ヒカリさんじゃん」
と、予測通りのツッコミを入れてくる。
「痛いところを突いてきたわね」とあたし。
「そりゃー突っつくよ」とイーちゃん。
あたしは、ささやかな溜め息をついてから、
「もう変えようも変わりようもないんだから、昭和世代のおばあちゃんみたいな語尾も、尊重してほしいところだわ」
イーちゃんは柔らかな笑みを広げて、
「尊重するよ。大事な友だちなんだから」
あたしも笑み返して、
「ありがとう」
× × ×
ベッド方向に両脚を伸ばすイーちゃんが、やや視線を下げる。
「どうしたの?」
軽く問うてみたら、
「考えてみたら、ヒカリさんみたいな喋り方の女の子、他にも知ってた」
気になるから、少し前のめりになり、
「あたしたちと同世代で?」
「うん。同世代というか、同い年」
あたしのココロの中のランプにパッ、と灯(ひ)が点(とも)り、
「——心当たり、あるかも」
「えっ、ヒカリさんも?」
首を縦に振ってから、
「あの娘(こ)なんじゃないのかしら?」
「いやいや、『あの娘』じゃわかんないよ」
苦笑のイーちゃんを眼に映しつつも、
「もっとも、あたしはその娘とはまだ出会ったコト無いんだけどね」
「おっかしいなー。面識は無いけど、心当たりがあるだなんて」
イーちゃんの表情には苦笑いと呆れ笑いが混ざり合っている。
「どうして面識が無いのに心当たりがあるのか、詳しく説明してあげるわ」
そう告げて、あたしはとうとうベッドを降りて、それからそれから——。