【愛の◯◯】微妙な雰囲気じゃ帰れない

 

かなり雰囲気のいい喫茶店に来ている。

「充実してたわね」

カフェラテを啜ったあとでわたしは言う。

眼の前には幼馴染男子のキョウくん。

「魅力的な古書店も、早くも2軒見つけられたし」

わたしは言い足す。

ずっと上機嫌のわたし。ステキな微笑みをキョウくんに見せるコトができているはず。

ブレンドコーヒーを啜ったあとのキョウくんから、

「むつみちゃんが幸せそうで、なによりだよ」

というおコトバ。

ほらほらぁ。

キョウくん、感じ取ってくれてるじゃないの、わたしの抱いてる幸福感を……!

 

× × ×

 

ブレンドコーヒーをほぼ飲みきったキョウくんが、

「隣で見てて……輝いて見えた」

ドキッ、となりながら前のめりになるわたしは、

「わたしのコト、言ってるの?」

キョウくんはためらわず、

「もちろん」

濃厚な熱がココロに帯びるのを実感しながらも、

「ありがとう、『輝いて見えた』なんて言ってくれて」

わたしのコトバを受け取ってから、彼は彼の首すじをポリポリと掻いて、

「おれ、むつみちゃんに、負けてるというか、なんというか……だな」

わたしは真心を籠めて微笑(わら)いながら、

「自信がイマイチみたいね」

と言い、

「卑屈になる必要も無いって思うけど? そもそも、『勝ち負け』の問題でも無いでしょーに」

テーブルに両手を置くキョウくんが、

「そうかもな」

と言い、少しだけ前のめりになって、

「ところで――話は大きく変わるんだけど」

「なあに」

「ナナコさんのコトだよ」

「ナナコさんのコト?」

「昨日とか、きみ、ナナコさんにタジタジ、みたいに見えた」

あー。

これが、幼馴染男子の観察眼かー。

「たしかに、タジタジだったかも。だけど、これから一緒に暮らしていくんだから、折り合っていかないとね」

苦笑とともに言うわたし。

……なぜか、さらに前のめりになるキョウくん。

どうして?

「――あんまし、折り合う必要も、無いんじゃーないかなあ」

前のめりかつ苦笑い顔のキョウくんから、意外な発言が飛び出てきた。

「なっなにゆーのキョウくん」

条件反射的に声が出て、

「折り合わなきゃ、ナナコさんの方だって、困っちゃう……」

と言いながら、下向き目線になる。

真向かいの彼は何を思って、『折り合う必要も無い』だなんて……。

「むつみちゃん」

彼が、

「そんなにうつむかないでよ」

と言ってくる。

でも、「……」と何もコトバを出さず、わたしは下を見続けてしまう。

 

× × ×

 

微妙な雰囲気で喫茶店を出てしまった。

会計は全てキョウくんが支払った。

 

ナナコさん宅へと歩いて帰る。

気が重いので、右隣のキョウくんの左手に眼を寄せる。

キョウくんの左手に注目したのは、

『左手を触ったら、気の重さも軽くなっていくかもしれない……』

と思ったからだ。

微妙な雰囲気も改善していかないと、ナナコさん宅に帰ったあとの空気が美味しく無くなっちゃう。

――折り合う折り合わない以前の問題じゃないの。

「あのねキョウくん」

やや早口に彼の名を呼ぶわたし。

「なに」

「ごめんね、いろいろと」

そう言うやいなや、彼の左手を右手で掴む。

「ナナコさんの話題になってから、ヘンな雰囲気作っちゃった。わたしのせいで」

左手を右手でギュッと握り、

「折り合う・折り合わないの問題は、宿題にする。自分で考える」

と告げる。

「謝る必要無いよ」

とキョウくん。

「それに、『折り合う・折り合わない』を、抱え込まなくたっていいし」

とキョウくん。

――あなたなら、そういうお返事するって思ってた。

でも、

「謝らせてよ、抱え込ませてよ」

と、敢えて反発する。

「なんで、そこまで……」

途中まで言って口ごもっちゃうキョウくん。

ここがチャンス……!! と思って、

「あなたのコトがダイスキだから、謝るし、抱え込むのっ」

と応えて、立ち止まる。

キョウくんはうろたえて何にも言えない。

キョウくんのうろたえる左手の感触を味わってから、わたしはわたしの右手を離す。

それから、彼のカラダに限りなく近付く。

「人通り、結構あるけど」

ワザと声を甘くして、呟くように言う。

彼のカラダのどの部分から触れていくのかは既に決めている。

幼馴染女子なんだから、瞬時に決められないワケも無く。