【愛の◯◯】躊躇に打ち勝って、言いたいコトを、妹に。

 

スープと挽き肉をよく絡めた麺を啜(すす)っていく。おれ流(りゅう)の担々麺は花椒(ホアジャオ)をたっぷり効かせているのが特徴だ。花椒がもたらす『しびれ具合』がとにかくたまらない。『しびれ』という味覚を言語化するのは難しいが、『惰眠をむさぼっていた舌を目覚めさせてくる』みたいな表現はどんなモノでしょうか?

担々麺と調和するのは白いご飯と相場が決まっている。大きな茶碗に詰め込んだ白ご飯をガブリ、と食(しょく)していく。

「炭水化物で炭水化物食べるだなんて、わたし絶対真似できないよ」

ダイニングテーブル真向かい席の妹が箸を止めて言ってくる。妹のあすかは右腕で軽く頬杖。呆れてんのか? 呆れるのもほどほどにな。

「万人には推奨しない。おれは日頃鍛えてるから、炭水化物で炭水化物食べても支障が無い」

とりあえず、こう応答しておく。

「お米の量は有限なんだから、意識してよね」

あすかは軽くたしなめてから、

「白いご飯に合いそうな担々麺だな……とは、思うけど」

とコメント。

もっとホメてくれたっていいんだぜ。

 

× × ×

 

食器類をゴシゴシと入念に洗い終わったおれは冷蔵庫へと向かう。扉の向こうにはシュークリームが待っている。担々麺の夕飯だったのだから、舌を癒やすには甘いシュークリームがうってつけだ。

扉に触れていく寸前、だったのだが、

「お兄ちゃん、甘いモノ食べるつもりなんでしょ。もしかして、シュークリーム?」

左サイドからやって来た鋭い指摘によっておれの指は静止してしまう。

あすか。おまえはなんで、兄が食べたいモノを的中できるんだ。スイーツの種類は数限り無くある。その中から、『シュークリーム』とピンポイントで言い当ててくるだなんて。万馬券を的中するより100倍難しくないですか? 

「お兄ちゃんのカノジョが邸(あっち)に行っちゃってるから、わたしが眼を光らせておかなきゃね。担々麺と白ご飯のコンビネーションまでは許せるけど、シュークリームは許せないなー」

そう言いながらあすかはおれに接近してくる。

「シュークリームの1つや2つぐらい許せよ」とおれ。

「『1つや2つ』が、あとになって悪影響を及ぼしてくるんだよ」とあすか。なにそれ。

 

× × ×

 

冷蔵庫付近で茶番を演じた戸部(とべ)兄妹はリビングソファに移動して隣同士でテレビを視聴している。

木曜日。ゴールデンタイムなんだが、興味を惹く番組が少ない。個人的に、そう思う。あくまで、個人的に、個人的に……。

「地上波はつまらんな……。おまえ、CSのチャンネルで視(み)たいチャンネルとかあるか?」

左隣のあすかに訊く。

「宇宙からシャワーが降りかかってくるチャンネル」

これがあすかの答えだった。

「いや、なんで正式名称言わないねん」

すぐに疑問を呈するおれ。

「関西弁ツッコミはいい加減に封印して無神経兄貴」

早口で怒りながら、あすかはおれの左脇腹に右ストレートパンチ……。

 

あすかのお望み通り某・音楽専門チャンネルを選局して、放映されるミュージックビデオの数々を楽しんでいた。

あすかが興味を示すとは思えないグループの特集が始まった。

リスク極大なのでグループ名を明かすはずも無いがそれはいいとして、思った通り興味を微塵も示さないあすかはソファから立ち上がり、飲み物でも持ってきたいのかキッチンへと歩み寄っていく。

おれはリモコンの『消音』ボタンを押す。

妹がこのソファに戻ってきたら、言いたいコトがあった。妹のテレビ画面への興味が途切れたから、ジャストタイミングだと思った。

今朝からずーっと温めていた『言いたいコト』なのだった。12時間ぐらい温めている『言いたいコト』を、今日が終わるまでに放ちたかった。

 

× × ×

 

「――利比古(としひこ)の顔見るの、つらかったりするんか?」

言いたいコトをついに声に出した。躊躇(ためら)い無く言うコトができた。

デリケートな箇所に触れんが如き問いではあったが、おれの思い切りの良さが躊躇(ちゅうちょ)に打ち勝った。

今のうちに訊いておかないと、ズルズル引きずってしまう。妹のためにも兄のためにも、引きずってしまうのは良くないから。

あすかは利比古に対する感情を制御できない。

だから、あすかは利比古と距離を取りたい。

だから、あすかは邸(あっち)に帰りたくない。

現に、先週の金曜から今日に至るまで、『邸(あっち)に一時帰宅したい』という意思を、あすかは少しも見せてきていなかった。

型通りの絶句があすかに到来している。

眼を寄せてみると、衝撃を受けた表情。

どれくらいのインパクトだったのだろうか。ディープなインパクトであるとして、競走馬ディープインパクトが日本国民に与えてくれた衝撃にどこまで近付いているのか。

……ま、インパクトというより、ショック、という意味合いの方が強いのかもな。

中途半端な口の開きが、大ショックの象徴となっている。

――しかしだな、妹よ。

おれが的外れな推理をするとでも思ったか。

兄貴の眼を誤魔化せるとでも思ったか。

とっくに察知してるんだよ。

利比古に対する、◯◯をな。

◯◯に入るのは……とある漢字2文字。