わたしの部屋。
ハルくんと一緒に、愛(あい)ちゃんがやって来るのを待っている。
ベッドに座るわたしの眼の前に小さめのテーブル。小さめのテーブルの上には大量のドラ焼きを載せたお皿。
また1つドラ焼きを手に取り、胃袋に放り込んでいく。何個食べたのか数えられなくなってしまった。『今、何個目?』というクエスチョンの声が天から降(ふ)りかかっても答えられない。
勉強机手前の椅子に本来の座る向きとは逆向きに座っているハルくんが、
「おまえも相変わらずだなあ」
と呆れを含ませて言ってくる。
わたしは黙って微笑むだけ。
× × ×
南米から帰ってきて大きく変貌したハルくんに愛ちゃんも早く慣れてほしいと思う。成長したカラダとワイルドになった見た目への「耐性」をつけてほしいと思う。今日も、ハルくんを見た瞬間に、怯えたような表情になって過剰に萎縮しちゃうのかもしれないけれど。そういう愛ちゃんも可愛いに決まっているんだけれど、持ち前の強いキモチを彼に対してもそろそろ発揮してほしいモノだわ。
この前、
『ハルくんね、わたしのコトを『おまえ』って呼ぶようになったの』
と報告したら、愛ちゃんは口をあんぐりと開いて絶句していた。
絶句するのも致し方ないわよね……と思いつつも、その時わたしは、
『わたしの彼氏、『リニューアル』がどんどん進行してるみたいなのよ♪』
と言い足したのだった。
× × ×
階下(した)のリビング。わたしから見て右斜め前に愛ちゃんが座っていて、わたしから見て左斜め前にハルくんが座っている。
ハルくんを目の当たりにした時の愛ちゃんの怯えや萎縮はそれほどでもなかった。ハルくんに落ち着いて対処しなきゃいけないんだ……という意気込みを感じられたから嬉しい。もっとも、ソファに座ってからずーっと猫背気味なのは隠せてないんだけれどね。まだ、かつてのようには向き合い切れていないのね。回復途上というかなんというか……なのね。
さて、ハルくんの向かい側には愛ちゃんがいて、愛ちゃんの向かい側にはハルくんがいる……そんな構図なワケだけれど、
「愛さん、きみさぁ、スペイン語、どんだけ上達したのかなぁ?」
と、ハルくんの方がまず口を開く。
口を開いたことで切られる口火。ハルくんから愛ちゃんへの先制パンチである。
猫背気味かつ俯(うつむ)き気味の愛ちゃんの眉間が険しさを増す。
口をビターに結んだあとで、ビターなブレンドのコーヒーが入ったカップの把手(とって)を掴み、口元に近付ける。
ずい、という啜(すす)りの音が珍しく聞こえてきた。愛ちゃんが無音でコーヒーを啜れていない。
カップを置く時もカチャッ、という音がした。コーヒーカップをこんなに雑に扱う愛ちゃんは久しぶりだ。
顔を上昇させていく愛ちゃん。整いに整っているんだけれど攻撃性を帯びた顔。依然として険しい眉間の辺りから、『負けたくない!!』という感情がびんびんと伝わってくる。
「着実にスキルアップしてるのを実感してるわ」
ついに口を開く愛ちゃん。
「ハルくん? わたし、あなたを追い越すつもりで、スペイン語を学習してるの。4月の年度替わりまでに、あなた以上の会話スキルを身につけるつもりなんだから」
「年度替わり、か。目標が具体的で、いいねぇ」
本当に穏やかに言うハルくん。
対する愛ちゃんは、
「ボヤボヤしてると、あなたなんか、あっという間に追い抜いちゃうんだからっ」
とコトバの攻撃性を緩めず、
「危機感を持っておいて損は無いわよ……!」
と言いながらハルくんを睨んでいく。
切れ味鋭き目線を向けられたハルくんが、
「――『抜き打ちテスト』、してみる?」
と愛ちゃんに告げる。
「自分1人の学習よりも、おれにテストされた方が、到達の度合いをより精確に把握できるんじゃないかなぁ」
そう言い足すハルくん。
愛ちゃんの顔つきが、一瞬、弱くなる。
ハルくんによる『抜き打ちテスト』が怖いのかしら……と思いながら、彼女の様子を見守っていたら、
「……サッカー」
と言うのが聞こえてきて、
「サッカーはどーなのよ!! サッカーは!!」
とスペイン語の話題を強引に打ち切る彼女の姿が眼に映り込んでくる。
どうやら、『抜き打ちテスト』に挑むのは不都合だったみたい。激しく強引に話題をずらしていくのが、まさに愛ちゃん……といったトコロ。
「確か、出国前は、大学のサッカー部所属だったんでしょ!? 『2軍にいた』とか聞いた憶えがあるわよ!? ……どーなの? 大学のサッカー部に復帰はしないの??」
物理的に詰め寄ってはいないけれど、愛ちゃんはコトバでもってハルくんに詰め寄っていく。
しかし、
「あー」
と、ハルくんはトボけ気味の声を発し、
「サッカー、怠けちゃってるかもなぁ」
と、詰め寄る彼女に答えていく。
ハルくんの『怠けちゃってるかもなぁ』にはノンビリとしたモノが感じられた。
攻撃的な愛ちゃんに余裕をもって対処できているのは、もう既に明らか。
「そ、そ、そんなコトで、いいの!?」
愛ちゃんはテンパりながらシリアスな声を出す。
「んー」
少しも動じないわたしの彼氏は、
「良くないよなー」
と応答。
ドリブルしながら必死にゴールに向かっていくストライカーからボールをあっさりと奪うが如き応答の仕方だと思った。
躱(かわ)されたから、言うべきコトを見失ってしまう……まさにそんな状態の愛ちゃんに、わたしは眼を寄せる。
若干可哀想だけれどとっても可愛い親友の女の子が――またもや、猫背になっていく。