【愛の◯◯】あなたがそばにいてくれて

 

夕食の副菜を1つしか作れなかった。2つ作ってあげるつもりだったのに。不甲斐無い自分を呪う。

鬱屈を引きずりながらわたしはダイニングテーブルでアツマくんと向かい合っている。

いつものように、両手を合わせて、『いただきます』を言う。

その直後、

「なんかあったか?」

と真向かいからの声。

ドッキリとする。彼の洞察力がこんなにも冴え渡っているだなんて。いつでも冴え渡っているワケじゃないのに。

 

明日から大学入試の共通試験。ゆえに、昼間、わたしは葉山(はやま)先輩に電話をかけた。目的はもちろん、激励。25歳にして人生初の大学入試に挑む葉山先輩。彼女のプレッシャーを少しでも軽減させてあげたかった。

……でも、

『頑張ってください』

とは言ったものの、それよりも気の利いたコトバをなかなか出せなかった。

出せないままに通話は締めくくられた。出し切れずに、不完全燃焼の通話終了。

葉山先輩の声は終始明るかったというのに、通話の終わりに向かうにつれて、わたしの声は曇りの度合いを増していた。

スマートフォンをリビングの丸テーブルに置いた途端に、ずぅぅん……という肩の重みが酷くなった。

 

副菜が1つしかない夕食を重苦しく口に運びつつ、ふにゃけた声で『経緯』を話す。

黙って聴き、黙って箸を動かすアツマくん。

真面目に耳を傾けているのは分かっている。

自分の彼氏が真面目に耳を傾けているのが分からないワケがない。

だけど、彼がわたしの反省に真面目に向き合ってくれているというのに、わたし自身の重苦しさはなかなか解(ほぐ)れなくって……。

 

いつものように、両手を合わせて、『ごちそうさま』を言った。

その直後だった。

「後片付け全部やってやるから、おまえはゆっくりまったりしてろよ」

わたしの内部のドクドクという音のボリュームが急激に上昇した。思わず、自分自身のささやかな胸の中央に右手を押し当ててしまう。

「なんじゃいなー、そのリアクションは」

明るく言うアツマくんが、

「おれに任せてくれんと、怒っちゃうぞ?」

と言い足してくる。

スゥッ、と彼氏が席を立つ。彼は彼が食べたお皿を持ち上げ、180度向きを換え、キッチンに歩み寄る。

水道水の音が鳴り響くから、わたしはいよいよどうしようもなくなって、緩慢に脚を動かして彼氏の背中に近付いていく。

「全部お任せだなんて、悪いわ。わたしも食器洗う。洗わないと、モヤモヤしちゃうから」

哀願の如きコトバに反応して、彼がわたしの方を向く。

「なんで素直になれんのかねえ」

苦笑の彼が、優し過ぎるぐらい優しく言ってきた。

「だって……」

中途半端に『だって……』と言ってしまうわたしに1歩近付き、

「おまえの大好きな横浜DeNAベイスターズが、キャンプに突入する前に」

と言い、

「HDD(ハードディスク)に溜まってるベイスターズの試合中継の録画、観ていった方がいいんでねーの?」

と言ってくる。

それから、

「勝ち試合の録画観たら、元気も戻ってくるだろ」

と、彼は。

「ほっホントにいいのっ、食器洗いサボって、ベイスターズの勝ち試合録画観るだなんて。そんなの、怠け切ってるみたいじゃない……」

「ばーか」

軽く優しい彼の罵倒が降り注いできたと思ったら、

「おれは、元気なおまえの方が好きなんだ」

と言う声が耳に響くと同時に、頭頂部に暖かい感触が生まれてきた。

 

× × ×

 

ナデナデされるから、カラダがポカポカしてくる。

きっと、やがては、ココロも……ポカポカしてくるはず。

 

わたしはアツマくんに言われた通りにしていた。ベイスターズが大勝(たいしょう)した試合の中継録画をソファに座って見つめていた。

水道水の音は少し前に止まっていた。

冷蔵庫が閉まる音がしたあとで、歩行の音が聞こえてきた。

わたしは大きな液晶テレビ画面を見つめ続け、ソファへの彼氏の到着を待つ。

すごく近い位置に彼氏が座ってきた。

わたしはわたしの右隣に体温を感じる。まだ触れ合ってもいないのに、カラダの温(ぬく)みが伝わってくる。

彼は、ミネラルウォーターを少しだけ飲んで、ソファの前に置かれている小型の正方形テーブルに置く。

ソファに身を委ねる彼に視線を静かに寄せる。

彼が彼の左手でわたしの右手を包み込んでくる前に、わたしはわたしの右手で彼の左手を包み込み始める。

「アツマくん」

彼の名前を呼ぶ。弱々しい声しかまだ出せないけど、とにかく呼ぶ。

「なんだぁー」

定番リアクションの彼に向けて、

「夕飯のオカズを2皿しか作ってあげられなくてゴメンナサイッ、ほんとはあと1皿作るつもりだったのにっ」

と、コトバを一気に吐き出していく。

「なんだよー、そんなコトまだ気にしてんのかよー、強気な愛(あい)ちゃんはいったいドコに行っちまったのかねー?」

「『ちゃん』付けしないで……オネガイ」

「なんで」

「わたしがわたしで無くなってる状態だから。あなたが呼び捨てを貫いてくれないと、もっともっと、わたしがわたしで無くなっちゃうのっ」

埒(ラチ)が明(あ)かないから、こんな無茶苦茶な発言をしてしまうわたし。

軽い笑い声が、右隣から。

くすぐったいけど、不快じゃない。呆れているというよりも、今のわたしを面白くてカワイイと思ってくれている……それが如実に表れている笑い声。

「おまえは、自分が自分でありたいんだな」

この問い掛けに、

「そうなの。わたしがわたしである状態を、今すぐに取り戻したいの」

と答える。

「だったら、こうだ」

『こうだ』と告げてから1秒も経たずに、アツマくんはアツマくんの左手をわたしの右手から振りほどく。

わたしの左肩に、強くて暖かい感触がやって来る。

 

× × ×

 

「共通試験が終わったあと、葉山先輩にまた電話しようと思うの。……どういうコトバ、かけてあげればいいのかな」

「一緒に考えてやるよ。おまえ独りで考えるより断然いいだろ」

「……嬉しい、そう言ってくれて。今夜のあなた、わたしの期待にいつもの10倍応えてくれてる」

「10倍ですか」

「そうよね、断然いいわよね、一緒に考えた方が。こんなとき、あなたがそばにいてくれて、ホントに助かる」

「だろー?」

「……ねえ」

「んー」

「10回くらい……抱き締めても、いい?」

「おっ」