「そろそろ、階下(した)に行って、お料理始めましょうか」
とあすかちゃんに言う。
ビーフシチューを一緒に作るコトになっていたのだ。
早朝からお邸(やしき)に来ていたわたしは、あすかちゃんの部屋のカーペットから柔らかく立ち上がる。直後に、あすかちゃんもあすかちゃんのベッドから立ち上がってくれる。
× × ×
午後1時が迫っている。ダイニング・キッチンのダイニングテーブル。美味しく仕上がったビーフシチューの感想を言い交わしている。
「ビーフシチュー、カレーライスより難しいけど、達成感スゴいですね。喩(たと)えるなら、高い山の頂上まで登り切ったみたいな、そんな達成感」
とあすかちゃん。
市販のルウで作ったワケではもちろん無い。本格的な作り方で作ったがゆえに(?)、調理の過程を詳(つまび)らかに記述するのは『また今度』になるんだけど、真向かい席の妹分が言ったように、手間がかかった分、達成感は計り知れないモノとなるのである。
『高い山の頂上まで登り切ったみたいな』、か……。いい比喩ね、本当にいい比喩だわ。適切な喩(たと)えを瞬時に繰り出すコトができる彼女。つまりは、コレが『文才』というモノなんだな……。あすかちゃん、あなたの正体は『言語の魔法使い』なんじゃないの? ホントは、魔法の国からやって来たんじゃないの?
楽しいから、楽しいがゆえに、
「わたしの教え方も良かったんじゃないの?」
と、わざとらしく長髪をかき上げながら言っちゃうわたし。
『おねーさん』としての自慢含みの問い掛け。『おいおい、なーんかイヤらしい素振りしてんな』とわたしの彼氏にツッコミを入れられちゃう寸前の勢いだ。ま、わたしの彼氏、現在勤務中で邸(ここ)には不在だから、ツッコミが来る可能性は無いんだけどね。
……あすかちゃんと比べたら、ヘタな比喩だったな。彼氏を無理矢理持ち出しちゃった感が強いし。
そもそも、彼氏と違って、あすかちゃんはわたしの素振りが『イヤらしい』だなんて微塵も思っていないに違いないんだけど。
あすかちゃんの表情をよく眺めてみる。
作為など介在していない微笑であるとしか思えなかった。姉貴分としてハッピー気分だ。
× × ×
わたしだけが席を立つ。わたしだけがキッチンに再度向かう。
2人分のコーヒー豆を挽き始める。わたしとあすかちゃんは以心伝心だから、このコーヒー豆をきっと気に入ってくれるはず。
あすかちゃんの手元にコーヒーを置いてあげたあとで、あすかちゃんのためにシュガーポットとミルクピッチャーを近付けてあげる。
シュガーとミルクをコーヒーに混ぜるあすかちゃんの手付きがいつも以上に可愛く見える。
きっと、わたしの中の『おねーさん気分』が昂揚しているんだと思う。ブラックで飲むコーヒーのビターさも『おねーさん気分』の昂揚に拍車をかける。
もう今日は徹頭徹尾、『頼れるおねーさん』としてあすかちゃんと過ごしたい。
でも、『イジワルなおねーさん』にもなってみたい。わたしという女子の善良ではない側面を顕在化させたい欲求を抑制できない。
ちょっとだけ「悪く」ならなくちゃ、あすかちゃんの『おねーさん』として100点満点じゃないんだもの。
2杯目のホットでブラックなコーヒーを飲み干し、少しも音を立てずにコーヒーカップを置く。
真向かい席のあすかちゃんは、シュガーとミルクに満ちた1杯目のコーヒーをぐいっ、と飲み切ろうとしているトコロだった。
『お代わりほしい?』だなんて、言うワケも無い。
そんなの、わたしらしく無いんだもん。
わたしらしく・『おねーさん』らしく在(あ)るためには、『お代わりほしい?』とか言ってちゃダメ。『無難な選択肢』は、決して選んじゃダメなんだから。
「ごちそーさまでした、おねーさん」
あすかちゃんからの感謝が聞こえてくる。嬉しい。
妹分からの感謝に対して素直に感動・感激しながら、右手で頬杖を突き始める。本日1番のジットリ目線を彼女にどんどん注ぎ込ませていく。
純度だけに満ちたジットリ目線であるワケが無い。
あすかちゃん、ちょっぴり戸惑っている。わたしなら、チャーミングな太め眉毛の辺りに眼を凝らせば、あすかちゃんの小さな戸惑いも感知できる。
『おねーさん』なんだから、感知できないなんて有り得ないに決まってるでしょ……!
眼前(がんぜん)の妹分の頭頂部をサワサワ撫でつけるが如き声音でもって、
「ありがと~。『ごちそーさま』って言ってくれて」
とキモチを伝える。
そしてほとんど間を置かずに、
「――でも、実を言うと、わたし、ほんの少しの『心残り』があるの」
とコトバを投じてみる。
ふふふ……。
今のあすかちゃん、漫画の中に描かれているとしたら、絶対絶対、頭部の横に『?』が浮かんでいる。
わたしがいきなり『心残り』とか言い出したから、違和感が立ち昇り始めてるんだ。
マジでカワイイ……んだけど、
「今の5倍は、エキサイティングだったと思うんだけどなー」
と、姉貴分たるわたしは。
妹分の彼女は、困惑という名の森に本格的に入っていって、
「おねーさん……? エキサイティング、って、いったいどうなったら、今の5倍エキサイティングになってたってゆーの……??」
と、敬語を使うのを忘れてしまう。
「『仮定』が、抜けてるじゃん。何かの『条件』を満たさないと、5倍もエキサイティングにはならないでしょ……!?」
「そのとーりね」
最愛の妹分の疑問にわたしはすぐさま反応して、
「例えばのハナシよ」
と言い、それから、
「もし、あなたの隣の席に……」