【愛の◯◯】くちびるを噛んでしまう

 

買ってきた昼ご飯を自分の部屋に持ち込んだ。邸(いえ)から徒歩約10分のコンビニで購入した昼ご飯だ。

幸せなコトに、徒歩15分圏内で行けるコンビニが5つ以上ある。多様な選択肢の中から1つを選び、昼ご飯を買った。

カーペットに座り込み、眼の前の楕円形のテーブルにレジ袋を置く。サンドイッチ2個と某・乳酸菌飲料と某・カップアイスをレジ袋から出す。

某・カップアイスに視線を落としつつ、『まず、このアイスから手をつけるべきだろうか』と少し迷う。カップアイスを最後にするとカップアイスの鮮度が落ちる。暖房で温められている部屋なのだからなおさら。

だが、

『いちばん好きなモノは、最後に取っておきたいよね……。デザートだから云々は別として。多少鮮度が落ちてもいいや。わたしはこのカップアイスのメーカーを信頼してるんだから』

と思い直し、サンドイッチの方に指を伸ばしていく。

 

× × ×

 

サンドイッチは2つとも美味だった。辛口のハムサンドと濃厚な照り焼きチキンサンド。ピ◯クルが本当に合う。

多少鮮度は落ちたけどもカップアイスも美味だった。バニラアイス原理主義者だから当然、カップアイスはバニラ味だ。真っ白な世界にスプーンを入れていく愉しさ。何の夾雑物も無いアイスクリームを舌で味わう喜び。チョコチップクッキー? なにそれ美味しいの?

 

……フレーバーの嗜好は人それぞれなので、このぐらいにしておく。

夕暮れが迫っているのだ。日が短い。冬至が迫っている。冬至が過ぎたらクリスマスだ。

クリスマスが迫っているのを意識してしまったので、焦燥のようなモノを少し胸に感じてしまう。意味も無く、部屋の出入り口ドアを見てしまう。

ドアから出たら、『彼』の部屋はすぐそこ。

……なんだけど、左手のひらで胸をぐううっ、と押さえ込み、加速していきそうな感情を押し留める。

人前では不可能な感情の押し留め方をした後で、やおら腰を浮かせ、『PADDLE(パドル)』のバックナンバーが山積みになった勉強机を目指していく。

 

『PADDLE』は、留年積み重ね男子大学生たる結崎純二(ゆいざき じゅんじ)さんとわたくし戸部(とべ)あすかが共同で作っている若者向け情報雑誌。

バックナンバーを読み耽って昔に思いを馳せたかった。

わたくし戸部あすかはヘッポコ結崎さんとは違って4年で卒業できる。来年の春になれば社会に送り出される。一方のヘッポコ結崎さんが来春で大学から叩き出されるように送り出されるのかは誰も知らない。

 

ろくでなし結崎さんが書いた記事に日本語の誤用を見つけ出すのがすこぶる愉しかった、のだが、『PADDLE』の山が半分近く減ったトコロで、『宿題』に本日まだ手をつけていないコトに気付く。

『PADDLE』の山を片隅に寄せ、机の中央に競馬新聞を広げる。

わたくし戸部あすかは来年度から『青春(せいしゅん)スポーツ』というスポーツ新聞の記者になる。配属は、競馬。競馬のコトについて何にも知らなかったから、記者になるまでに知識を蓄積させたかった。つまり、『宿題』とは、競馬のお勉強のコトなのだ。

幸い、葉山(はやま)むつみさんだったり、中村創介(なかむら そうすけ)さんだったり、競馬にすごく詳しいヒトが周りにいてくれた。葉山さんや中村さんによる「英才教育」を受けている真っ只中なのだ。

広げた競馬新聞はフジテレビのチャンネル番号が名前に入った新聞。眼に映るのは福島競馬の平場(ひらば)レースの馬柱(うまばしら)。メインレースとか大きなレースだけではなく、競馬ファンであってもあまり注目しないようなローカル開催の平場レースにも眼を向けて、しっかりと吸収していきたい。

 

福島7レースの馬柱に眼を凝らしていた時、背後から都合の悪いノック音が聞こえた。

わたしは猫背になってわたしの胸を右手でぎゅ、と押さえる。それから、机上を両手のひらでとん、と叩く。

呼吸を穏やかにした後で、やおら立ち上がり、少しうつむきながら出入り口ドアへと向かっていく。

本来不必要ではあるけど、右手を軽く握り締めて、こん、とドアを叩いてみる。

そしてそれから、

「晩ご飯なら、後で食べるよ」

とドアの向こうの利比古(としひこ)くんに告げる。

すると、

『エーッ、さみしいです』

と言う声がドアの向こうから返ってくる。

コトバの「うわべ」だけがさみしそうだった。本気でさみしがっているワケも無かった。

わたしはくちびるを噛んでしまう。

『わたしのコト、『異性』としてぜんぜん見てくれてないんだね。ここまでノーテンキになれるってコトは……!』

そんな思いを、不完全燃焼させながら。