「いい雰囲気の街ね」
真向かいの席の葉山(はやま)むつみさんが言う。彼女の手元にはメロンクリームソーダ。
「初めて来たんですか?」
彼女に訊いてみたら、
「初めてじゃないけど、喫茶店に入ったりしたのは初めて」
そうなんだ。
ここは、某・メトロ早稲田駅が間近の某・ビルの2階にある喫茶店。例によって諸事情によってお店の詳細は伏せておく。
馬場下町で青春を送った人間ならばピンと来てしまうのかもしれない……なんて、余計か。
残り半分近くになったメロンクリームソーダをスプーンでくるくる掻き回す葉山さん。
彼女に、
「葉山さんの幼馴染のキョウさんって、確か――」
と言いかけたら、
「あなたと同じ大学よ。でも、キョウくんは理工系だから」
あーっ。
ってことは、
「西早稲田の男子(ヒト)なんですね」
「そ。もうすぐ修士も終わりなんだけどね。キョウくんのおかげで西早稲田界隈には馴染みがあるんだけど、早稲田界隈には馴染みが無かったのよ」
そっかあ。
× × ×
『卒論はバッチリよね?』と訊かれたから、『バッチリです。あとは提出するだけです』と答えた。
『あなたにしても羽田愛(はねだ あい)さんにしても、優秀で立派よねぇ』と言ってから、わたしや羽田センパイの学業を葉山さんは褒めちぎった。
羽田センパイはわたしとは別の大学だけど、卒業が1年遅れになったから、わたしと同じタイミングで卒論を提出する。つまり、わたしと同じタイミングで大学生活から抜け出す。
『あなたも羽田さんも大学の外へと送り出されるんだし、わたしは、大学の中に入っていけるように、ラストスパートかけないとね』と葉山さんは言った。
現在25歳の葉山さんはもうすぐ、京都でいちばん有名でいちばん偉大な大学を受験する。わたしはもちろん彼女の挑戦を後押ししたいから、『2月の京都で体調崩さないように気をつけてくださいね。2月下旬は寒(かん)が戻るかもしれないから』と言ってあげた。勢い余って『たぶん、キョウさんも京都まで付き添ってくれるんですよね?』と訊いたら、ズボッと図星で極度に顔を赤くさせてしまったけど。
――そんなこんなでわたくし川又(かわまた)ほのかは2杯目のブレンドコーヒーを飲んでいる。わたしの実家たるカフェ『しゅとらうす』のオリジナルブレンドと比べたら行き届いていない部分もあるけど、合格点をあげられるだろう。
目線を上げてみる。葉山さんは顔の赤みを払拭できている。メロンクリームソーダは残り僅かだ。
「ずいぶんとシビアな顔つきでコーヒーを味わっていたわね」
葉山さんに言われた。
「カフェのひとり娘なので」
わたしは答えた。
葉山さんがなんだかニヤつき始めた。
『いったいどうしたんだろう……』と不可思議に思い始めたら、
「戸部(とべ)アツマくんには、もっとシビアなんでしょ?」
とニヤつく声で訊かれたから、得体のしれないモノにカラダとココロがぐぐぐぐぐっ、と締め付けられ始めていく……!!
「どっどーして、どーしてっ、どーしてっ、アツマさんの名前をいきなりッ」
「落ち着きを欠き過ぎじゃない? 『どーして』を3回繰り返して言うだなんて~~」
だって仕方無いでしょっ。
欠くでしょ、落ち着き。欠きますよ、欠くに決まってるじゃないですか……!!
「羽田センパイの彼氏だけどわたしの商売敵(がたき)で天敵なオトコのヒトにいきなり言及してこないでくださいっ!!!」
「わめかない、わめかない」
喚(わめ)く以外の選択肢があると思ってるの!?
葉山むつみさんがこんなに厄介な性格してただなんて。さっきは幼馴染のキョウさんのコトをいじくって葉山さんを真っ赤にさせるのに成功したのに、逆転されちゃってるじゃん……!!!
× × ×
「あなたの体温も少しは冷めたかしら」
木立(こだ)ちの中の道で葉山さんが立ち止まり、振り向いてきた。
夕暮れ迫る戸山公園。12月だから冷えている外気(がいき)。『外は冷え込んできてるから、『ほとぼり』も次第に冷めていくはず……』みたいに、ホントに綺麗だけどホントに厄介な女子(ヒト)は思っているはず。
わたしの中の温度を答える気はわたしには無くって、
「葉山さんは、アツマさんが働いてる『リュクサンブール』の常連さんなんですよね?? 常連さんだったなら、アツマさんが不手際でコーヒーカップを落として割ったりするのを、何回も何回も目撃してるはずですよね!?」
「川又さん、攻撃的になり過ぎ、なり過ぎ」
「だって……」
「だって、なーに」
口ごもるわたしの眼に葉山さんの笑顔が映る。
狡猾(こうかつ)なぐらい美人だった。
目線を下げざるを得ない。砂利道を睨んで、コトバを溜める。
「川又さぁん。教えてあげよーかしらぁ」
フワフワした声で葉山さんはわたしを押さえつけてくる。
抗(あらが)いたくて、
「……何をですか」
とシリアスに声を出して訊くと、
「今年の最初から昨日までの、戸部くんがミスって食器類を割るのをわたしが目撃した回数の通算」
と答えられたから、両手をシリアスに握り締めて『通算回数』の開示を待っていたら、
「2回」
と……信じられない開示が彼女の口から出てきたから、背中が真っ青になる。