【愛の◯◯】『事実はラブコメより奇なり』

 

1限目はまだ始まらない。そういう時間帯というコトもあってか、文(ぶん)カフェ前のラウンジは閑散状態だ。某・戸山的なキャンパスなんだし、文学青年な男子学生がひっそりと座ってひっそりと読書していても良さそうなモノだけど、そんな男子学生は少しも見当たらない。

文学部といえども、読書の習慣が一切無い学生は結構存在している。そりゃー、どこの大学の人文科学系学部であっても、「読書の習慣ありませんよ学生」のグループは一定の割合を占めているでしょーよ。だけど、某・戸山的なキャンパスの学生すらも『読書の習慣? そんなモノ、ありませ~~ん☆』なんて恥ずかしげも無く言うのは、どーなんでしょーかねえ?? ……わたしの意見ですが。ずいぶん生々しいかもしれませんけど、わたしの意見に過ぎないんですが。

余計な段落を挟むわたしの前の席に日高(ひだか)ヒナちゃんが近付いてくる。文化を構想するための学部に在籍するヒナちゃんの読書習慣、そういえば詳しく聞いたコト無い。『読書の習慣? 残念ながら、無いですね~~☆』みたいに言われたら、落ち込む。もしそんな風に言われちゃったとしても、可愛い後輩女子であるコトには変わりないんだけどね。

テーブルにコトッ、と紙カップを置いてヒナちゃんが着席する。茶色の混じったハーフアップの彼女は、前のめりな姿勢になっていって、

「ほのかさんのコーヒー、あんまり減ってない。あたしよりもかなり前に自販機から買ってきてたのに」

と、わたしの紙カップを見ながら指摘し、

「体調が芳(かんば)しくないとか、ですか? それとも、コーヒーのクオリティがあまりにも低いとか……」

右手をヒラヒラ振るわたしは、

「違うよ。喫茶店のひとりムスメだからって、自販機紙カップコーヒーをディスったりはしないから」

と言い、

「体調も、悪くない。考え事をアタマに挟んじゃったから、あんまり飲めてないだけ」

「考え事を、アタマに、挟む」

「うん。しっかりと考えなきゃいけないコトがあって」

「それ、どちらかというと、マジメな方面のコトだったりしますか?」

ドキッとなって、ヒヤリとなる。

カップコーヒーを啜る。反射的に。ヒヤリとなったから熱い液体を流し込みたくて。

ヒヤリとなったのはやや緩和される。一方、ドキッとなったのは持続する。

『マジメな方面のコト』だというのは、正解だから。

 

× × ×

 

『マジメな方面のコトを考えていた』という事実をはぐらかして、

『知り合いの年上女性が小説を書いてるんだけど、ネタに困ってたから、ネタを提供してあげようと思って、無い知恵を振り絞って、物語みたいなモノを考えていたの』

と嘘を言い、『物語みたいなモノ』を即席ででっち上げて、語り始めた。

 

「……普遍的なのかな。こういう、1人のオトコノコを2人の女子が取り合うって構図のお話は。『ラブコメディあるある』って言っても、いいよね」

ところどころ破綻した「語り」をそうやって締めくくろうとする。

即席のお話の原作はもちろん、利比古(としひこ)くんを巡るわたしとあすかちゃんの◯◯な状況。あすかちゃんに悪いと思いながら、胃袋を痛めながら、喋っていた。

ヒナちゃんが鈍感だったら、ありがたい。嘘を嘘と見抜けない女の子であってほしい。

「ヒナちゃんも、思う? こういうお話が、典型的なラブコメディだって。テンプレートみたいだって思ったら、遠慮なく言ってほしいんだけどな」

懸命にコトバを継ぐわたしがいる。

……何故か応答してくれないヒナちゃんがいる。

ヒナちゃんは、掴みかけていた紙カップから右手を離す。左膝を左手で押さえるだけではなく、右膝も右手で押さえる。ロングスカートを押さえるんじゃなくて、何かコトバを出してほしいんだけど……。

わたしに惑いが兆す。コーヒーの残りを啜って、取り繕う。

あまり効果がありそうにない取り繕いの後で、『どうしたものか……』と困りながらヒナちゃんに視線を寄せていったら、

「『事実は小説より奇なり』ってコトバ、ほのかさんは知ってますか」

と、かなり真顔で言ってきたから、再度ドキッとなる。

「もっもちろん。元ネタがどの作品にあるかも知ってる」

早口で答えるわたしに、

「さすがですね……」

と、シリアス成分多めの声で言ってくるヒナちゃん。

どうしたの、と思うヒマもなく、

「あたしの勝手な造語なんですけど」

と言ってきて、

「『事実はラブコメより奇なり』ってコトバ、自分で造(つく)って、『ああ、ホントだな、思い当たる節(ふし)ばっかだな……』って、自分で自分に嘆いたりして」

届けられたコトバをわたしは頭の中で噛み砕こうとする。

不幸にも理解力が高く、わたしの中に、ヒナちゃんが言外(げんがい)に籠めたキモチすらも浸透していく。

冷え冷えとなるのは当たり前だった。

12月の気温のせいにするのは不当だった。