【愛の◯◯】留守番には『魔法』

 

エアコンのリモコンを右手で持ちながら、

「設定温度を上げてやろうか?」

と言ってみる。

読書していた愛(あい)は、文庫本から眼を離して、

「その必要は無いわ」

と言ってくる。

いつも以上にキラキラしているように見える笑顔。違和感がおれに到来する。

「設定温度を上げなくてもいいと思う理由、知りたい?」

そう問いかける愛はおれの顔面をまっすぐに見ている。

戸惑って、黙っていたら、

「知りたいのね」

と勝手に言ってきて、

「あなたのカラダでわたしのカラダをあっためられるからよ」

と豪速球過ぎるコトバを発してくる。

「愛さん、まだ土曜の午前中なんですけどね」

ツッコむおれに一切構わず、

「土曜の午前中なのがなんだってゆーのよ」

と本当に朗らかに言って、

「読書は中断。読書よりも楽しいコトを思いついたから」

と、おれの背中に冷や汗を流させてくる。

 

密着して離れない。ゆえに、なんにもできない。

ソファの上。左サイドから寄り添う愛が、おれの行動を束縛する。

「今のあなた、『過剰にベタつきやがって……』って、絶対思ってるわよね」

うるさい。

おまえが悪い。

「あなたのコトが大好きだから、ベタつきたいし、抱きつきたいの」

よくもまあ、恥ずかしいセリフを、出し惜しみするコト無く……。

「わたしもあったまるし、あなたもあったまる。効率のいいスキンシップだと思わない?」

なんやねんそれ。

 

× × ×

 

「わたし今思い出したわ。今日が『いい肉の日』だってコト」

「……で?」

「お肉を焼きましょーよ。ホットプレート出して」

「魚を焼くんじゃなかったんか、夕飯は」

「路線変更よ」

「身勝手な……」

呆れるおれを華麗にスルーするパートナーは、

「日が暮れるまでにお肉を買っておきたいわね」

「あれか、おれに買いに行かせるってか」

「行かせるワケ無いじゃないのよぉ」

なんですかその笑顔。

両手を合わせてそんなにニコニコするのはなぜですか。

あと、

「おまえが肉を調達してくるってか? いったい、どこまで」

大塚駅の近くに素晴らしい品揃えのお肉屋さんがあるのよ」

「初耳だが」

「初耳なのは、あたりまえ」

なにそれ。

「あなたは留守番していて」

そう言ってから、愛はダイニングテーブルの椅子からすっく、と立ち上がるんだけども、

「歩きで行くつもりか? おまえ」

「もちろん」

元気良くうなずくのは大変よろしいんだが、

大塚駅近くなんて、ちょっと遠いだろ」

「わたしを心配してくれてるの!?」

喜びながら叫んできた。

ビビるんですけど。

「……おまえを遠出させるの、なんか、悪いって思うし」

歯切れ悪く言ったらば、

「悪いなんて思わないでよぉ」

と甘みの強い声を出してきて、

「あなたが、留守番していて、心細くならないように――」

と言いながら、おれが座っている椅子に急速に接近してきて、

「『魔法』をかけてあげるわ♪」

眼を逸らしつつ、おれは、

「『魔法』を使う年齢(とし)でも無かろうに」

とツッコむのだが、

「23歳はまだまだ魔法少女よ」

という謎のコトバをお見舞いされ、

「立ち上がってくれないと、黒魔術使っちゃうわよ?」

と、テンション高く迫られる……。