ヒカリの部屋に入った瞬間にヒカリのカラダに抱きついた。
「もー、愛(あい)ってば。いつもに増して積極的じゃない?」
わたしを受け止めるヒカリの声がわたしに降り注ぐ。
ヒカリのしなやかなカラダを十二分に味わってから、
「いつもと同じよ。こういうスキンシップが、『わたしらしさ』なのよ」
「……しょうがないな」
抱き締め続けているからヒカリの顔は見えない。でも、ステキな苦笑いになっているはず。
「付け加えるなら」
と言ってからわたしは、
「電車に乗る時間長かったから、ちょっとくたびれた」
と、甘えた声を出してみる。
それから、
「ちょっとくたびれてるのも、カラダで感じてほしいかな」
と言い足してみる。
「キワドいなー、女子同士なんだけどなー」
ヒカリはそう言うけどわたしは相手にしてあげない。
カラダをほどく。真正面のヒカリを見上げる。
「ヒカリとはまだ知り合ったばかりだから、スキンシップも『手探り状態』な面があるんだけど――」
そう言ってから、『悪いわたし』を発動させて、
「あなたの恋人さんは、慣れてるし、馴染んでそうよね」
ヒカリは賢いからわたしの言わんとしているコトが読み取れる。読み取れるが故に赤面状態になってゆくのを抑止できなくなる。『言及』されちゃうと恥ずかしくなっちゃうわよね。
赤面状態のままうつむいてしまうヒカリが部屋のベッドへと歩み寄る。勢いをつけて腰掛ける。わたしの反対側を向く。ヒカリの視線の先には木漏れ日を湛(たた)えている窓。
× × ×
「家に戻った時には13時近くになっちゃいそうね」
と言うヒカリに、
「いいのよ、それで。朝ご飯も遅めだったし」
と笑いかけながら応える。
ヒカリの家を出て向かった先は海を見渡せる展望台だった。ここはいわゆる湘南地方のとある自治体。具体的な自治体名の開示はしない。だって気が進まないしリスクも大きいんだもん。
11月終わりにしては暖かな方だと思う。木枯らしが吹かなくて海は凪(な)いでいる。浜辺に人は疎(まば)らだ。湘南地方といえど1年中海水浴シーズンと行くワケにはいかない。
「愛は、この辺りで海水浴したコトとか無いの?」
「どの辺りかは忘れたけど、湘南で海水浴したコトはあるわよ。とても小さい頃に、家族4人で」
「ご両親と弟さんと一緒にか……。弟さん、利比古(としひこ)くん、だったよね」
後方に立っているヒカリに顔を向けて流し目を送り、
「利比古をあなたに早く定着させたいわ。利比古関連情報を10個ぐらい開示して」
ヒカリは案の定苦笑して、
「この場で10個も開示されても、困るわよー」
「わかってるから。徐々に徐々に……よ」
不敵な顔を見せてあげた後でわたしは海へと向き直る。
静かな海を静かに味わってみたかった。
のに、
「海水浴もいいんだけどさー。砂浜を好きなオトコノコと歩くのも、いいよねぇー」
と、イジワルなコトバをヒカリから浴びせられてしまう……。
『好きなオトコノコ』がどんな存在を指しているのかはもう明白。
アツマくんにまつわるコトで揺さぶりたいんだ。
さっき自分の恋人のコトでわたしにおちょくられた。きっとその仕返し。
応戦できない。応戦する気になれない。ヒカリへの反発とは全く種類の違うキモチが湧き上がってきているから。
『センチメンタル』のカタカナ7文字を安易に使いたくはない。だけど、『センチメンタル』のカタカナ7文字にほとんど当てはまるのかもしれない。
……わたしの記憶の扉の鍵がこじ開けられそうになっているのだ。
『砂浜を好きなオトコノコと~』という風な言い回しが思い出を喚(よ)び起こそうとする。
嫌な思い出なワケじゃない。逆。いい思い出。思い出の色が鮮明になっていくにつれて甘酸っぱくて温かい感情が胸の中に広がっていく。アツマくんを好きになって良かったという想いも膨らむ。
次第にわたしは『打ち明けてもいい』というキモチに傾いていっていた。
もう一度振り向いて、
「ねえ」
と呼びかけて、
「もうちょっと近くに来てくれないかな」
と要求して、
「思い出話がしたい気分なの」
と告げる。
眼を見張るヒカリ。わたしの声に真面目さを読み取ったみたい。
歩を進めてきて、
「その思い出話って、もしかして、アツマさんが関わってたり……」
「するのよ」
即答のわたしはヒカリの左手に右手で触れる。
左手を包み込みつつ、
「高1の9月に、アツマくんと湘南でデートした。もう7年も前のコト。だけどいつまでも忘れられなくて、胸の奥にシッカリと留まってる。わたしにとって『宝物』みたいな思い出」
と言い、
「わたしが彼に告白したばっかりの頃だった。適切な距離感をまだ取れてなかった頃……なんだけど」
と言い、ヒカリの眼に自分の眼をきちんと合わせて、
「すごく凹(へこ)んじゃう出来事があって。アツマくんに頼りたかったから、ワガママ言って、湘南の海まで連れて行ってもらった。『なぐさめてくれる』って確信もあったし」
わたしはわたしのジンワリとした火照(ほて)りを感じつつも、
「ワンピースを着て出かけたんだけど、野球帽被ってたから、コーディネートの詰めの甘さが目立ちまくってたと思う。わたし美人だけど、ファッションセンスほとんど無いから。その方面では、ほんとーにセンス皆無なの、昔から。あの時、彼も、わたしの装いに違和感を覚えてたのかもしれない。だけど、だけど――あの時の彼は、1日中優しかった」
「……スキンシップ、したり、したの?」
ヒカリからの問いに、
「したわよ」
と即答して、
「浜辺で、隣同士で寄り添って、わたしから身を預けていった」
ヒカリのほっぺたに微熱の色が見えてくる。
意外に初心(ウブ)。
「あの瞬間に、本当の意味で、わたしとアツマくん、通じ合うコトができたんだと思う。帰りの電車でも、ずーっと寄り添ってた。――もちろん、積極的に寄り添ってたのは、わたしの方なんだけどね」
今、わたしの体温とヒカリの体温のどちらがより高くなっているだろうか。
……わたしの方が、高いのかな。
打ち明けるにつれて、アツマくんを好きなキモチ、盛り上がっていってるし。