パチスロライターの動画を視(み)ている。パジャマからキチンとした服に着替えてはいるけど、ヘアピンもカチューシャも髪につけていない。無防備な髪のままに、勉強机の上のノートPCに前のめりになり、動画に眼を凝らしている。
動画が終わったところで椅子から立ち上がる。ベッドまで歩いていき、仰向けに身を横たえる。窓辺に響く雨音をBGMに、掛け布団をカラダに被せ、温もりを体内の奥まで染み込ませていこうとする。
昨日のコトを思い浮かべる。湘南地方某所において幼馴染の男の子と一緒に海を見たコトを思い浮かべる。幼馴染の彼……キョウくんの左手を握っていた右手に熱の名残りがまだあるような気がして、その右手を真上に掲げてジンワリと見つめていく。
右手を引っ込めてから身を起こす。キョウくんとの思い出に浸り過ぎていたら、午前中の受験勉強が満足にできなくなってしまう。人が思うより真面目なわたしは、麻雀ゲームや麻雀漫画の誘惑を振り払い、ベッドを抜け出して勉強机へと舞い戻っていく。
× × ×
お昼ご飯は自分で作った。両親不在のダイニングテーブルで、Spotifyに詰め込んだ楽曲をシャッフル再生させながら食べた。しとしと降り続く雨の音とSpotifyから流れ出す音楽が相乗効果を産んでいるのはいいんだけど、広がりのある空間にわたし独りポツンと居るのはやっぱりもの寂しくて、両親と食卓を囲む時ほどには美味しく味わえなかった。
『晩ご飯に期待だな……』
そう思いつつ自分の部屋へと歩く。いったい何が『期待』なのか自分自身でも曖昧だ。でも、両親の存在がお料理の味わいを増してくれるんではないかという漠然とした思いがある。そういう『予想』を『期待』と言い換えてもいいだろう。
晩ご飯はお母さんが作ってくれるコトになっている。お母さんが作るお料理はわたしが作るお料理よりもさらに美味しい。その事実を普段はあまり意識しないで何気なく食べているけど、今晩は何気なく食べるんじゃなくていつもより何倍も美味しく味わってあげたい……そういうキモチも芽生えてくる。
ちなみに、お父さんが作るお料理はお母さんが作るお料理よりもさらに美味しい。ただ、お父さんは普段お料理を作らない。何か特別な時にだけキッチンに立つ。例えば、わたしが誕生日を迎えた時だったり、わたしが過剰にセンチメンタルになっちゃっている時だったり。お父さんによるお料理を口にするたびに、わたしの小さな胸にあたたかなモノが込み上げてくる。涙をこぼしながら食べるコトも少なくない。
× × ×
「ごちそうさま」
と言った後で、
「それと、ありがとう」
と、真向かいの席のお母さんに感謝する。
お母さんはちょっぴり驚いて、
「なーに? 感謝したくなるほど美味しかったの?」
わたしは、
「いつも、感謝は、してる。でも、いつもは、言えてなかったから」
「あらぁ」
と言って嬉しそうになるお母さんが眼に映って、ひとり娘のわたしは少し恥ずかしくなる。
お母さんが、
「むつみが、『良(い)い子ちゃん』になってる」
と指摘してくるから、熱(ねつ)っぽくなってきてしまうけど、
「『良(い)いムスメでいたい』って、常日頃、思ってるしっ」
と、懸命にコトバを出す。
「こんなに真面目だなんて」
お母さんが感嘆してくる。
「ま、まさか、真面目のハンタイだって認識が……」
追い詰められてきているのを強く意識しながら、わたしは声を出す。
「だーって」
と言ったかと思うと、お母さんは不穏な満面の笑みになって、
「昨日、むつみの部屋をこっそりお掃除してたんだけど、至る所から『近代麻雀』のバックナンバーが出てくるんだものー」
「おおおおおおかーさん!?」
我を忘れて瞬時に腰を浮かせて前のめり姿勢で絶叫するしかなくなる……!!
気を付けてたのに。25歳になったけど大学受験生なんだから、『近代麻雀』みたいな類(たぐい)の雑誌の取り扱いは厳重にしようと思ってたのに。もちろん、お母さんもそしてお父さんも、わたしの趣味は知ってる。とっくに知り抜いてる。そうなんだけど、来年の入試本番に向けてラストスパートでもあるんだし、とりわけ10月を過ぎた辺りからは、趣味の雑誌の取り扱いはより一層厳重にしようと思っていて、読み耽ってるところなんか絶対に目撃されないように気を付けていて、それなのに、それなのに……!!
「あれー、もしかして、『はんこーき』?」
そうレスポンスしてくるお母さんの顔は爆笑寸前。
耐え切れなくなって眼を逸らす。
でも、眼を逸らした先には、お父さん。不覚。どーしてわたしは不都合な方向に眼を逸らしちゃうの!?
わたしのカラダのほとんどが青ざめる。お父さんの口が開くのが怖い。叱られるのが、世界でいちばん恐ろしい。……今のところは、ニコニコお父さんだけど。
ニコニコしながら口を開かないお父さん。
逃げ出したいけど逃げ出せない……。危機的状況の最(さい)たるモノ。
口を開いてくれないまま、お父さんが腰を上げ、わたしに背を向けた。
お父さんの目線の先にはキッチン。キッチンを目指して歩き出すお父さんの背中から、わたしは眼を離せない。ビクビクしながら、なおかつ心臓をバクバクさせながら、視線を完全に固定させる。
やかんを手に取り、水を注ぎ始めたお父さんが、
「むつみ?」
と優しい声で呼び掛けてくる。
声の優しさを素直に受け止め切れず、うつむく。
「コーヒーと紅茶、どっちがいい。飲みながらお喋りでもしようじゃないか」
キッチンから投げ掛けられるコトバ。依然として優しい声音。
恐怖でもって、
「家族会議……? 家族会議、したいの……?」
と、食べ終えたお皿に声を落とす。
「そんなワケ無かろう」
これがお父さんの答え。家族会議を軽く否定。
『家族会議じゃないのなら、なんなの……』
不安そのほかの感情が渦巻きまくるココロの中で、わたしは呟く。
「コーヒーと紅茶のどっちがいいのか、言ってくれたら嬉しいんだがなぁ」
またもや、お父さんの軽やかな声。
わたしは、一生懸命息を吸ってから、
「……ミルクティー」
と、お父さんの期待に応えてあげる。
「よーし良い子だ」
そう嬉しそうに言ってくるお父さんがくすぐったくって、少しも目線を上げられない。
お父さんがお湯を沸かし始める音が聞こえてくる。
わたしが窮地なのは変わらない。
「むつみー、だいじょーぶかーー」
お父さんの気づかう声が耳に届くけど、その声には明らかに呆れが混じっていて。
わたしの手元にミルクティーが置かれた。
わたしの手元にミルクティーを置いてくれたお父さんは、自分の席に戻ったかと思うと、
「なあ、むつみ。おれと今度、エ◯パス行くか」
?!?!!?!?
エ◯パス!?
エス◯ス!?
ま、まさか、エ◯パスって、エス◯スって……!?!?
お父さんは、ほんとうに朗らかに、
「今の流行りの台、おれに教えてくれんか☆」