金曜日の午後2時台。わたくし葉山(はやま)むつみの部屋。
葉山家にやって来たばかりの羽田愛(はねだ あい)さんが、カーペットに姿勢正しく腰を下ろして、
「3日間よろしくお願いします」
と美しい声で言ってきてくれる。
羽田さん同様にカーペットに腰下ろしのわたしに向かって、さらに、
「そして、お誕生日、おめでとうございます」
と祝福してきてくれるから、この上なく嬉しくなる。
約1時間後。丸テーブルの上にはバースデーケーキ。午後3時台の「おやつタイム」になったので、バースデーケーキをわたしの部屋で2人一緒に食べようとしているのである。
バースデーを迎えたわたしは、切り分けたケーキをお皿に乗せながら、
「25歳よ、とうとう。四捨五入したら30になっちゃったわ」
と軽く嘆く。
わたし同様にケーキをお皿に乗っける羽田さんは、
「も~~っ。そんなコト言うのイヤですよ、わたし」
と、すこぶる明るい声で言う。
彼女の顔が含みのある笑顔になっていくから、少し身構えたら、
「センパイには、『永遠の18歳』でいてほしいし」
と、どこかで聞いたようなフレーズを交(まじ)えた発言が、わたしの耳に届いてきて……。
『永遠の18歳』とか言ってきた彼女を思わず凝視する。
含みのある笑顔が、徐々に柔らかくなり、混じり気の無い優しい笑顔に変化していく……それを、感じ取る。
「受験生なんだから、センパイは。負けちゃいますよ、『四捨五入したら』とか言ってたら」
× × ×
次第に日が暮れてきている。
勉強机で羽田さんと隣り合い。わたしの受験勉強を彼女に見てもらっているのだ。
わたしが解いた数学の練習問題をチェックした後で彼女は、
「これなら、余裕で受かりますよ」
と言ってくれつつも、
「唯一の心配は、2次試験かなー。会場、京都っていう慣れない場所なんだし」
と言ってきてから、急速にニヤけ顔になっていって、
「でも、キョウさんが付き添ってくれるんですよね? 一緒のホテルに宿(やど)を取って。部屋を幾つ予約するのかは知りませんけど、キョウさんがそばに居てくれるのなら、安心かな~~」
免れがたく赤くなっていくわたしは無言。
全部、イジワルな羽田さんのせい……。
× × ×
幼馴染の男の子のコトをイジワルに掘り下げてくるから、調子が鈍ってしまう。
わたしは、数学勉強用のノートを閉じ、某・有名数学参考書も閉じてから、
「ねえ。キリの良いトコロまでやったコトだし、ここらへんでお勉強は切り上げて、ゴハンが出来上がる時間まで、遊んで過ごしてみない?」
「遊ぶ?」
左隣から問い返してくる羽田さんに、
「ゲームでもやりながら、ゴハンが出来るの待ちましょうよ」
「ゲーム、ですかあ」
彼女は、不穏なモノが含まれているような声を発し、不穏なモノが含まれているような顔を見せてきて、
「マージャンが、してみたいとか?」
わたしは急激に焦り始めて、
「なっなに言うの!? 幾らわたしがそのゲームに習熟してるからって、2人で遊べるワケ無いでしょーがっ!!」
と絶叫寸前の声を上げてしまい、
「3人なら、遊べないコトも無いんだけどっ!!」
と余計過ぎる付け足しをしてしまう……。
× × ×
午後7時を少し過ぎて、お母さんの作ってくれたご馳走(ちそう)ゴハンが出来上がる。娘のバースデーに相応しいご馳走の数々がダイニングテーブルに並ぶ。
お父さん・お母さん・わたし・羽田さん……この4人で食卓を囲む。
わたしの好物のリゾットもあったから、嬉しくなって、リゾットに熱い視線を注ぎ込む。
しかし、左サイドの椅子の羽田さんから、
「センパイ、コドモみたいに喜んで、リゾット見つめてる」
と指摘され、
「ホントだわぁ。むつみ、小学生みたいな眼になってるじゃーないの」
と真向かいのお母さんから援護射撃されるから、過剰に縮こまっていってしまう。
× × ×
午後10時前。わたしと羽田さんはわたしルームに既に戻っている。
ふたりしてカーペットにぺたん、と腰を下ろしているんだけど、
「そろそろ寝る準備しない?」
と、わたしの方から提案。
すぐさま、
「お疲れなんですかー?」
という羽田さんの問い。
『誰のせいだと思ってるんだか……』というキモチを懸命に抑え込み、
「……激動の1日だったし」
と答えるわたし。
× × ×
出来上がる就寝の準備。準備の中身は都合により省略。
あとは、互いに身を横たえるだけ。そんな段階まで来ている。
……だけど。
『言わなければならないコト』を、まだ言っていないんであって。
だから、わたしは姿勢を正し、カーペットを共有している後輩女子に向けて、一直線に視線を送る。
それから、
「あのね。布団は、敷かなくてもいいから」
と、告げる。
賢い後輩女子である羽田さんは、すぐに理解したらしく、
「と、ゆーことは――」
わたしはわたしのカラダの発熱をジンワリと感じながら、
「ベッドには、余裕で、あなたのカラダも、おさまるから」
「――添い寝ってコトでしょ。」
即座の応答がやって来て、わたしの体温を跳ね上げてくる。
羽田さんのキラキラな笑顔が強烈で、痛烈だ。
「センパイなら、『リクエスト』するって、思ってた。」
甘みのある声。わたしの鼓動を速くしてくる、甘みのある声。
慌てるから、正した姿勢が解(ほぐ)れてしまう。
「そう、そうなのっ、最初から、そーしてもらうつもりだったのっ」
残り少ない絵の具をチューブから絞り出すように、わたしは声を絞り出す。
「カワイイ。さすが、『永遠の18歳』」
彼女の声の甘みがさらに増す。
鼓動はどんどん高鳴るし、カラダの熱は炎上の寸前にまで達する。
必然的に、居ても立っても居られなくなる。カーペット上にジッとしてなんか居られなくなる。
だから。
今年一番の瞬発力を発揮させて、わたしは――後輩女子のカラダに、飛びつく。
抱きつく。その瞬間に、魅力あふれる感触が染み込んでくる。
身長160.5センチはわたしと全く同じ値(あたい)。40キロ台の体重も絶対にわたしとほとんど同じ値。スリーサイズだって――たぶん。
「そういう風に呼ぶのはヤメテってばっ」
抱き締めながら、後輩女子が『永遠の18歳』と言うのを戒める。
彼女は冷静で、
「もう、この段階で、スキンシップ。さすがは葉山先輩だ」
……何が『さすが』なのよっ。
わたしの火照(ほて)りで、ヤケドしたいの!?
× × ×
「センパイ」
「なに」
「明日の夜も、よろしくお願いします☆」
「……あなた中学生みたいよ」