【愛の◯◯】高円寺のド真ん中で姉が◯◯……!

 

JR高円寺駅の入り口付近に立っている。腕時計の針を時折確かめながら姉を待っている。

着実に近付く約束の時刻。スマートフォンに何の連絡もしてこない姉。

『『たるんでる』んじゃないのかな、少し……』

ココロの中で少しだけ愚痴(グチ)り、人々の行き交う駅入り口付近に立ち続ける。

 

13時7分に姉は姿を現した。7分遅れだ。

「遅刻だよ、お姉ちゃん」

眼に眼を合わせてたしなめるのだが、

「7分遅れぐらい、いいじゃないのよぉ♪」

と軽々しく言われてしまう。

「遅刻は厳然たる事実だよ」

とぼく。

「どうして今日の利比古(としひこ)はそんなに面倒(メンド)いの?」

と姉。

免れがたく溜め息を漏らしてからぼくは、

「ヒトコトぐらい連絡くれてもいいでしょ。『ひょっとしたら遅れるかも』みたいに」

と言うんだけど、

「カタいコト言うんじゃないわよぉ♪」

とやはり軽々しく言い返され、

姉弟(きょうだい)なんだからぁー。『親しき仲にも治外法権』よ☆」

あのねぇ……!

「お姉ちゃん、今、いくつ?」

シリアスに問うてみるが、

「22歳」

と卑怯なほど整った笑顔で答えられ、

「そして、あんたは21歳」

と言われながら、左手を左手で柔らかく包まれてしまう。

 

× × ×

 

丸々と大きなバニラアイスクリームが中央に乗っけられたハニートースト。その横にブラックでホットなコーヒー。

ぼくはぼくのアイスカフェラテを少し飲んでから、

「血糖値が上昇しないのを祈るよ」

と眼前(がんぜん)の姉に言う。

「ゆーよーになったわねえ」

姉は悪(あく)どい笑顔で、

「ハニートーストひと皿ぐらいで、わたしの健康に悪影響が出てくるワケも無いでしょ」

と言い、

「体重の増減、少しも無いんだし~」

と言いつつ、右手をナイフに伸ばしていく。

ぼくは、

「体重『プラマイゼロ』は、いつから続いてるの?」

と問いを投げかけるが、

「ずいぶんと可愛くないクエスチョンをするのね」

と、ハニートーストにナイフを入れていく姉にむなしく躱(かわ)されてしまう。

可愛くないのはどっちだよって感じだ。

眼つきを厳しくして、

「お姉ちゃんにとって都合が良くないクエスチョン、してもいい?」

ニートーストをとても満足そうに味わった後で、姉は両手のカトラリーを一旦置き、

「昨夜(ゆうべ)のわたしとアツマくんの『すれ違い』について詳細が知りたいの?」

先手を打たれてやや苦しくなりながらもぼくは、

「……そうだよ。場合によっては、ぼくからアツマさんに謝らないといけないかもしれないし」

姉は軽やかに、

「そーんな必要、あるワケ無し。すぐに仲直りできたんだもの」

と言いながら、自分の左手の爪に視線を傾けていく。

自分の爪ではなくて弟の顔をよく見てほしいのだが、

「安心していいんだね、ひとまず」

と言っておく。

「トーゼン」

左手を開いたり閉じたりしながら姉は、

「それに、あんたもよくご存知の通り、『ケンカするほど仲がいいカノジョとカレシ』なんだし」

と言ったかと思えば、黒く熱いコーヒーの入ったカップを音も無く口に持っていく。

 

× × ×

 

姉はコーヒーを計3回お代わりした。

退店時に椅子から立ち上がろうとしたら、ぼくはぼくの腰に僅(わず)かな痛みを感じ取ってしまった。姉がコーヒーお代わりを積み重ね店内で粘り続けていたせいだが、ぼく自身のフィジカル面の軟弱さを情けなく思ったりもしてしまう。

 

姉はぼくに背中を見せて突き進む。

完璧に伸びた背すじが商店街の通りの中で映(は)える。10月の午後の穏やかな陽射しが姉の長髪にこぼれてくる。姉の栗色の長髪は免れがたくキラメキを放つ……。

クルリ、と振り返る姉。BADタイミングだ。ぼくはちょうど両肩を落としてしまっていた。

「だらしないわねー。マジで猫背になりそうな5秒前じゃないのよー」

人を否応なしに惹き付ける威力を持つ呆れ笑いで姉は、

「手鏡、貸してあげよっか? あんたにあんた自身の顔を見させて、自尊心を取り戻させる……それも、GOODな試みなのかも」

もう姉は自らのハンドバッグを漁り始めているのだが、

「手鏡なんて、大げさ」

とぼくはピシリ、と言い、

「背すじ、ピーンと伸ばすから。お姉ちゃんの面倒(メンド)くさい発言が膨張していく前に」

途端に姉が声を上げて笑い出した。

背すじの伸びは回復しつつあるぼくなのだが、顔面の温度が都合悪く上昇していってしまう。

『膨張』という堅苦しいコトバを使ったのがツボにはまってしまったんだ、たぶん。

「とっ、としひこのニホンゴが、おもしろすぎるっ、おもしろすぎるジョータイになってるっ」

『お腹を抱えて笑うのだけは勘弁してほしい……』と思いながら立ち尽くすぼくに、続けざまに、

「『This Is 帰国子女』ってフレーズ、イマのあんたにピッタリだわっ、ホントーにマジに、ピッタリ!!」

……うろたえ過ぎて、反発するチカラや反抗するチカラが薄れていく。

こんなはずでは……!

高円寺のド真ん中で、姉は暴走の一歩手前。

次に何を言われるのか。次にどう振り回されるのか。

怖ろしくなってきた、本格的に……!!