【愛の◯◯】免れがたく性悪になる

 

未就学の女児向けと思われるアニメの録画を視(み)ようとしていたアツマくんをマンションから追い出し、リビング周りのお掃除を始めた。

ひと段落したので掃除機を動かす手を止め、本棚に歩み寄った。

ミシェル・フーコーの『言葉と物』を30分間読み、斎藤茂吉(さいとう もきち)の『万葉秀歌(まんようしゅうか)』を30分間読んだ。フーコーと茂吉を組み合わせた理由はわたしの都合で伏せておく。

約束の時刻たる午前10時00分になるまでまだ少し時間があったのでリビングの一番奥へと移動した。彼氏のアツマくんは絶対触れてはいけない小テーブルに無地のノートを置き、ページを適当に開いて彼氏のアツマくんの至らないトコロを5ページ以上に渡って書き入れていった。

長文による批判を成し遂げたのだが右腕の凝(こ)りは否定できなかった。短時間のストレッチをして右腕をほぐした。わたしに追放されたから今頃近所の公園で涙を流しているかもしれないアツマくんに教えてもらったストレッチだった。

9時55分になった。リビングのソファ間近の丸テーブルにノートPCを載せ、起動後にすぐさまビデオ通話用のソフトを立ち上げた。

10時00分ピッタリに通知が来た。うら若き高校2年生の女の子がモニターに映り込んだ。

元気な勢いの感じられる高2女子はタカムラかなえちゃんというお名前。わたしの弟である利比古(としひこ)の出身高校に通っている。そして、利比古が在校時に所属していた『KHK(桐原放送協会)』なる一風変わった名前のクラブを復活させた張本人でもある。

 

『彼氏さんのアツマさんは一緒じゃないんですか?』

うおー。

先制パンチ。

「一緒じゃないのよね、残念ながら。愚かなコトをしようとしてたから、『お外の空気を吸って反省しなさい!』って言ってマンションから追い出したの」

『サディストですねえ』

ほほー。

不敵な笑みに、不敵な声。

『サディスト』というワードをよく知ってたわねぇ……とは思うけども、

「かなえちゃんも相当サディストなんじゃーないの?」

かなえちゃんの笑い顔が途端にカタくなった。

好機を逃さずに、

「わたし分かるのよ、『KHK』の相棒である豊崎三太(トヨサキ サンタ)くんに対してはあなたが相当サディスティックになっちゃうってコトが」

下がる彼女の目線。縮こまる彼女のカラダ。

どうしちゃったのかな。

下げられた目線を泳がせて、

『サディスティックになり過ぎちゃう……コトもあって』

おっ!?

『昨日の放課後のコトなんですけど……わたし、トヨサキくんを弱々(よわよわ)な状態にしちゃったみたいで……』

免れがたく前のめりになるわたしは、

「フォローはまだできてないのよね? トヨサキくんを弱々なまま帰しちゃったのよね!?」

押されるかなえちゃんは、

『は、ハイっ』

「わたしがなぐさめてあげよーかなっ♫」

『え、えっ、えっ』

「トヨサキくんの電話番号教えてくれたら嬉しいんだけど」

免れがたくビックリするかなえちゃんは、

『さっ流石にそれはっ』

ダメか~。

「ダメか~」

沈黙に陥ってゆくかなえちゃん。

可愛いんだけど、

「どっちにしろ、来月頭(らいげつアタマ)の学祭にはわたし行くんだから」

と言って、彼女のオデコに視線を注ぎ入れながら、

「その時、2人まとめて、わたしの『愛』で包みこんであげるわ☆」

打ちのめされたかの如くタカムラかなえちゃんは呆然となる。

10秒、20秒、30秒……とその呆然は持続するのだが、やがて、

『『愛』で包み込む、って……愛(あい)さんの名前と『かけてる』んですか』

と細く弱々しい声が吐き出されてくる。

「わかるのね。するどいのね」

『……』

かなえちゃんが口を閉ざしちゃうからわたしの小さな胸は弾んで、

「なんの変哲も無い下の名前ではあるんだけど」

と言ってから、わざと間を置いて、それから、

「シンプル・イズ・ベストでもあるのよ~~☆☆」

と言うと共に、満面のスマイルを構築していく。