【愛の◯◯】6限目の決定的な「失敗」を引きずって

 

おれに告白してきたのは白久保(しらくぼ)さんという1年女子だった。髪は短め。全体的に地味な印象を受ける後輩女子だった。

地味キャラのような後輩女子が真正面から『好きです!!』と言ってきたから驚きに打たれた。慣れているはずも無いシチュエーションだったし、『好きです!!』の後で顔を真っ赤にして真剣な眼で見つめてきたから困りに困った。

おれは交際を結局断った。……いや、「断り切らなかった」という表現の方が適切かもしれない。

いきなりの告白だったし、繰り返すようだが告白されるコトになんか慣れていなかったし、答えをすぐに送り届けるのは困難だった。ただ、交際の申し出に前向きにはなれそうになかった。

『真正面に立つこの子と距離を詰めていく自信が持てない。深く関わったら傷付けてしまいそうだ』

立ち尽くす中でそんな思いがおれの内部を走り抜けた。

『ごめんなさい』とちゃんと伝えるべきだったのだ、たぶん。

だけど、『ごめんなさい』をいつまでも言えないままに時間は過ぎていった。

 

× × ×

 

顔も名前も知らない『目撃者』がどこかにいたんだと思う。

白久保さんが告白して告白されたおれがスッキリしない態度を取ったコトは瞬く間に校内に拡散された。同じクラスの複数の男子がおれの席まで来てからかいコトバを投げつけてきたり、渡り廊下ですれ違った1年女子の2人組が苦笑い顔を見せてきたりした。

 

怒ったのはタカムラかなえだった。「激怒」と定義できそうな怒りだった。

昨日の放課後の【第2放送室】は修羅場だった。濡れた雑巾が干からびるぐらいに絞られた。留まるトコロを知らないタカムラのお説教のせいで、定められた下校時刻よりも1時間遅く校内を出る羽目になってしまった。

 

× × ×

 

2人の姉ちゃんに『異変』を察知されないかどうかビクビクしながら昨日の夜を過ごした。2人の姉ちゃんにヘンなコトを言われずに就寝時刻を迎えられたものの、ベッドの掛け布団に入り込んだ途端にカラダの半分以上が急激に冷え込み始めた。動揺や後悔や不安などが寝込みを襲ってきて安眠を阻害した。とりわけ翌朝以降の不安が冷ややかにおれを包み込んできた。

器用に捌(さば)けるような問題であるはずも無かった。約1週間後の学祭(がくさい)までには解決したい問題だったし、解決しなければならない問題だった。けれども直(ただ)ちにどうにかなる問題であるはずも無かった。『学祭の開始までにはどうにかしたい、どうにかしなければならない』と思うものの、白久保さんを納得させる方法も白久保さんに向き合う勇気も全然見当たらなかった。

息苦しさのようなモノを感じながら眼を覚ました。とても重たい朝だった。起き抜けでハッキリしない頭の中に、白久保さんの『好きです!!』の名残りのような音が鳴り響いた。

 

登校を拒否するワケにはいかなかった。後輩女子に告白されたのが登校拒否の理由として通用するワケも無かった。

校門の間近まで来た時だった。他のクラスのチャラくて有名な同学年男子が立ち止まったかと思うと、振り向きざまに満面の笑みをおれに見せつけてきた。睨みつける気力は湧き上がらなかった。

1限目。机に向かってひたすら俯き通しだった。

2限目。俯き続けて首が痛くなってきたので顔を上げて眼を閉じた。先生に気付かれるのは怖かった。左右の席から文房具で脇腹を突っつかれたりしないかどうか不安でもあった。しかし、チャイムが鳴るまでどうにか危機を回避できた。

3限目。全力でノートをとっているフリをして、『白久保さん対策』の検討をやり始めた。白久保さんに再び向き合う場合に使えそうなフレーズをノートに書き留めようとした。しかし、コトバを運用する才能がおれにあるワケも無く、『トモダチからスタートしよう』という低レベル過ぎるフレーズだけが見開きノートの右上隅(みぎうえすみ)っこに残されてしまったのだった。

昼休憩。購買で買ったメンチカツサンドが食べ切れなかった。

4限目。先生の話を聴いているフリをして、放課後になってからどう立ち回るべきかをひたすら考え続けようとした。しかしながら、思考の筋道が再三横道に逸れていき、放課後になってから最初に向かう場所の候補すらも思い浮かべられなかった。

5限目。先生の話を聴いているフリをして、放課後の行動の検討を再開しようとしたが、アイデアが少しも形作られるコトは無く、途中から自分自身を呪い始めた。

自分に苛立つという段階をすっ飛ばして自分を呪う段階に至ったおれは、先生が教室を出た瞬間に、起立すると同時に机上(きじょう)を両手のひらでブッ叩いた。周りの連中の注目を浴びたのは10秒未満だった。

 

× × ×

 

放課後になってから最初に向かった場所は【第2放送室】だった。同じクラスの誰にも何にも伝えるコト無く向かって行った。

若干気持ち悪いコトに、タカムラかなえがおれよりも前に【第2放送室】に入室していた。

入り口ドア近くのステレオコンポ横のパイプ椅子におれが座った途端に、

「なーんか、病んでない? キミの眼」

と、部屋奥の木造りの長椅子前に立って腕を組むタカムラがズボリ、と言ってきた。

「あのねトヨサキくん」

腕組みをほどかないタカムラは、

「もし、昨日のわたしの『お叱り』でダメージ受けていてそんな風になったんだとしても、手を貸したりするつもり、無いから」

と追い打ちをかける。

おれはヨロヨロと、

「おまえなら、そう言うって、思ってた」

と返す。

タカムラの眼が丸みを帯びたような、気がした。

『おれのコトバが予想外だったのかもしれないな』と、少しだけ、思った。

やり返すコトバをタカムラが発しなかったので、

「おれさ、今日、失敗を積み重ねちゃってさ」

と、こちらからコトバを出すのを続けて、

「特に、6限目は、失敗した。思い切ってサボれば良かったのに、勇気をひねり出せなくって、サボれんかった。授業始まりのチャイムが鳴る1分前まで、迷ってたのに」

タカムラかなえの腕組みがほどけていった。

大きく丸くなる眼をおれの眼が捉えた。驚きも戸惑いもおれの眼が捉えた。

口は動き続ける。

「サボって、頭を冷やして、ココロを『すっからかん』にしたくって。『リセット』して『すっからかん』になれば、白久保さんに対して正しい態度で向き合えるような気がしたから」

おれはおれの喋りを制御できていない。まるで、口が勝手に動いているみたいな状態。

「でも、無理だった。今のおれに、サボタージュを敢行するようなエネルギーは無かった」

一旦そう言った後で、

「……いや、いちばん元気だった過去のおれでも、サボタージュできるようなエネルギーなんて、持ってなかったんだよな」

と、自己認識を修正する。

立ち尽くしのタカムラから、

「どうしちゃったの、トヨサキくん……?」

と、ふにゃけたコトバがやって来る。

いまさっき、『ダメージ受けていたとしても、手を貸したりするつもり無いから』って言ったのは、どこのどいつだ。

苦笑いが音声になって漏れ出すのを、我慢できなくなる。

「ちょ、ちょーっとっ、トヨサキくん、トヨサキくんっ」

慌てだしやがった。

……仕方が無いか、それも。

「具合、悪いの!? まさか、わたしが思ってたより遥かに、深刻に受けとめちゃっていて、それで、体調も……!!」