【愛の◯◯】漫画みたいな『ノイズ』が靴箱に入っていて

 

10月になっても放送部部長の肩書きを保持し続けている本田(ほんだ)くるみが、10月になっても放送部副部長の肩書きを保持し続けているわたしの真向かいに座っている。

放課後。放送部のお部屋。わたしとくるみはほとんど同時に入室した。現在(いま)は、大きめのテーブルで、お茶を飲んだりしながら駄弁(ダベ)り合っている。

昨日観たテレビ番組の感想を言い合うのがひと段落して、ふたりの間に沈黙が生まれた。

『ここで思い切るべきだ』とわたしは思った。

『思い切る』理由がちゃんとあった。今朝の『とある大きな出来事』の中に理由は潜んでいた。

ただ、『思い切る』と言っても、今朝わたしに起こった『とある大きな出来事』を直接伝えられるワケでも無いんだけど。

それでも、眼の前のくるみに対して思い切りたかった。くるみならば、わたしの思い切りの窓口になってくれると思った。

だから、

「ねえ、くるみ」

と呼びかけ、右人差し指でトントン、と卓上を軽く叩きつつ、真向かいの放送部部長に眼を据えた。

ずいぶんと髪の長い放送部部長は、

「なあに?」

と穏やかに言う。

だけど、わたしが、

「あんた、3年になってから、ラブレター、何回もらった?」

という問いを発した途端に、背筋が過剰に伸びて、落ち着きを欠くと同時に寒気を覚え始めているような表情になる。

『せっかくカワイイ顔してるんだから、そーゆーリアクションは、ちょっと『もったいない』よ』

ココロの中でそう呟くわたしがいたが、

「菊乃(きくの)ッ」

と、くるみは叫び声同然の声を上げて、

「答えられるワケ無いでしょーがっ、後輩部員がいっぱい居るようなトコロでっ。そういうハナシは、そういうハナシは、もっと、ヒミツの場所で……!!」

と、焦りを隠せない声音で言う。

わたしは少し前のめりになって、

「『もらった』コトは、否定しないんだね、否定できないんだね」

と、焦りの只中(ただなか)の放送部部長をイジくる。

「菊乃ッ!!」

くるみの悲鳴は甲高(かんだか)くなる。

 

× × ×

 

その後、くるみと色々とやり取りをしたんだが、文字数そのほかの都合で詳細は省略する。

わたしはくるみよりも早く退室した。唖然呆然となったりテーブルをグーパンチしたりするくるみの姿を思い起こしながら、2階廊下を歩いた。

 

× × ×

 

脱いだローファーを丁寧に揃えてから家に上がった。ピンク色のスリッパを履いて廊下を歩いた。『家の中でも行儀良く歩きなさい』と躾(しつ)けられていたわたしは、足音をほとんど響かせるコト無く廊下を進んでいった。

畳部屋のそばで立ち止まる。わたしが寝起きしたり勉強したり友達とスマホで話したりしている部屋、つまりは「わたしの部屋」だ。

ピンク色のスリッパを脱いで畳を静かに踏む。どうでもいいコトだが、家でピンク色のスリッパを履いているのは学校の知り合いには知られたくない。

通学に使っているバッグを低くて長い机の横に置く。机で色んなコトをするための座椅子に背中を引っ付け、ややだらしなく脚を伸ばす。

前方に脚を伸ばしながら、肩のチカラを抜こうとする。でも、上手にチカラを抜くコトができない。いつもよりも強張っている。脱力しようと頑張ってもカラダが反発する。

ムシャクシャしているワケでは無いけど、低くて長い机の横に置いたバッグに雑に左手を伸ばし、鷲掴みにする。制服スカートにバッグを押さえつけ、バッグのファスナーを右手で一気に引く。

横長の封筒をバッグの底から右人差し指と右中指でつまみ上げる。

『寺井菊乃さんへ』

開封の白い封筒の隅っこに細い文字でそう書かれている。差出人の名前は記されていない。

封筒を机上の中心にぱさっ……と置く。封筒を裏返す。口を閉じている部分に指を近付ける。カラダがほぐれていないのも相まって、緊張が指に籠もる。

出てきた手紙は何回も折り畳まれていた。手紙の文字もやはり細かった。繊細な感覚の持ち主なのかもしれなかった。

文体は一貫して「です・ます調」だったが、匿名のお手紙だから、「です・ます調」を用いているからといって、下級生が昇降口の靴箱に封筒を入れてきたとは限らない。

だけど、文章の内容からして、同じ高校に通う男子が差出人であるコトはほぼ間違いが無かった。

そして、文章の内容からして、女子であるわたしに対して『そういう類(たぐ)いの感情』を抱いているコトも、ほぼ間違いが無かった……。

 

× × ×

 

夕飯の筑前煮の味付けが薄く感じられたのは、なんでなんだろうか。

 

とにもかくにも、畳部屋の自分の部屋に戻ってきた。当然ながら、横長の白い封筒は誰の眼も誰の手も届かない場所に隠している。ブログ読者の皆様にも在(あ)り処(か)は教えたくない。

畳の上に仰向けに寝転ばざるを得なかった。

ツインテールは未(いま)だほどいていなかった。午後6時台に制服から部屋着に着替えた時がツインテールをほどくチャンスだったけど、引き戸の向こうからお祖母(ばあ)ちゃんが声をかけてきたからチャンスを逃してしまった。

食後の気怠(けだる)さも手伝って、2つの髪の縛りをほどくのが面倒くさくなってきてしまった。髪を縛りから解放させた方がカラダの強張りもキモチの強張りも楽になるのは確かだ。しかし、左右どちらのヘアゴムにも手は伸びていかない。

ところでわたしは大学受験生の身分でもあるワケなんだが、予定していた受験勉強に手をつける気が全くと言っていいほど起こらない。

今朝、昇降口の靴箱に横長の白い封筒が入っていた。帰宅して開封してみたら、予測通りわたし宛のラブレターだった。

受験勉強に集中して取り組めるワケも無い。

約18年間の人生でこんなイベントは一度たりとも発生しなかった。彼氏がいたコトがあるのかどうかはツインテール女子の都合により伏せておくけど、靴箱にラブレターが投函されるなんていう漫画みたいな経験をしたコトは一度たりとも無かった。

漫画みたいな経験なら、モテっ子の本田くるみの専売特許だ。

で、わたしは、本田くるみじゃない。本田くるみとは違う。

……でも。

わたしの靴箱にラブレターがいきなり投函されてきた、という事実は厳然としてそびえ立っている。

その事実は、厄介だし、重々しいし、重苦しい。

一朝一夕(いっちょういっせき)には解決できないだろう。

大学受験期だというのに、とんだノイズが入ってきた。

くるみに感づかれたら取り乱す可能性は何%ぐらいだろうか。

取り乱すのは、受けた大学が全て不合格になる時まで取っておきたいのに。

寝転びのわたしは横向きになり、押し入れに睨(にら)みをきかせていく。

お母さんにも所有の事実が知られていない、仔猫ちゃんをモデルとした某・ゆるゆるなキャラクターのぬいぐるみが押し入れの奥には潜んでいる。

大変可愛らしいそのぬいぐるみを押し入れの奥から引っ張り出して抱き締めたかったら……深夜になって日付が変わるまで辛抱強く待たなければならない。