沢山のぬいぐるみが窓際に置かれているアカ子の部屋に入った。
「ここに入ると――」
おれは、
「アカ子がつきっきりで受験勉強の面倒を見てくれた頃を思い出すよ」
と懐かしさを籠めて言う。
おれが立っている地点の数メートル先にベッドがあり、アカ子はそこに座っている。
「何年前よ、それって」
苦笑しながら言うアカ子。
「だいたい5年前」
そう答えるおれに、
「ちょうどいい懐かしさね、5年前って」
とアカ子が応える。
「あなたが帰国してから、あなたとの思い出がどんどん鮮明に蘇ってきてるわ」
「そういうモノかな?」
「そういうモノなの。」
答えてから、数秒の間を置いたかと思うと、アカ子はしっとりとゆっくりと立ち上がり、窓際に歩み寄って行き、お手製のぬいぐるみを1つ持ち上げ、ベッドへと戻ってきた。
アカ子がお腹に抱えるぬいぐるみのモデルは、某・有名なクマさんのキャラクターであると思われる。某・クマさんキャラクターをモデルとして、アカ子が自力で作り上げたぬいぐるみだ。家庭内だけで愛でるのならば問題にはならないであろうと思われる。
おれは、アカ子に許可を取るコト無しにアカ子の勉強机手前の椅子を引き、腰かける。
それから、
「おれが出国した後で、窓際のぬいぐるみの顔ぶれもずいぶん変わったみたいだが」
「変わるわよー。そういうモノなのよっ」
ぬいぐるみの頭の部分をくにくに、と撫でていきながら、アカ子は軽快に言う。
「あそこに無いぬいぐるみは……」
窓際を眺めながらおれが言いかけたら、
「多くは物置き部屋でスヤスヤと睡ってるけれど、『出張』したり『転校』したり『留学』した子たちもいるわ」
……へえ。
「やっぱり要領が良いんだな、きみは」
「そう言ってくれてありがとう。ハルくんならそう言ってくれるって思ってた」
アカ子は、嬉しいキモチを笑みに濃厚に滲(にじ)ませながら、
「大学受験の時だって、わたしの要領の良さのおかげで、ハルくんを現役合格に導けたんだと思ってるし。……自画自賛だけれどね。でも、あなただって、わたしの指導がテキパキしてたって思ってるでしょう、きっと?」
おれは、チカラ強く頷いてあげて、それから、適度に息を吸って、
「出会った時からテキパキしてたもんな、きみは」
アカ子の眼がやや大きくなって、
「なんだか……話のスケールが大きくなってきてないかしら」
確かに。
『出会った時から~』なんて、ずいぶんと誇張めいた表現であるのは否定できない。
そうではあるけども、
「今から言うコトで、おれ、きみを怒らせちまうかもしれないんだけどさ」
某・クマさんキャラクターを抱き続けながらも背筋を伸ばすアカ子。
構わず、
「アカ子。きみは、良い意味で――JKの時から、あんまし変わってないよね」
おれの指摘にインパクトがあり過ぎたのか、アカ子は息を呑むような表情になると共に背筋を過剰に伸ばす。いったん視線を床方面に下降させていき、それから視線を元に戻しつつぬいぐるみを右サイドにちょこん、と置く。
そしてそれから、ぬいぐるみを置いた右手の握力を強めて、
「褒め言葉だと思って言ってるワケ? それって」
アカ子のピリピリ感をしみじみと味わいつつも、
「おれの本音なんだが。『オトナの女性に脱皮した』とか言ってあげた方が、マシだっただろうか」
ピリピリした雰囲気の中に、うっすらと困惑の色。……互いに高校生だった頃からの恋仲なんだから、容易に感じ取れる。
約2年間日本から離れ、アカ子から離れていても、彼女の微細な変化を感じ取れる能力は錆びついてはいない。
それに、南米大陸での2年間で、ふた回り以上は強く逞しくなった実感と自覚があるから、
「おれは、押し通したいな。『おまえ』が、良い意味で、JKの頃から変わってないってキモチを」
告げた瞬間にアカ子が呆然となった。握り締め状態だった右手が開かれた。のけ反(ぞ)り気味の姿勢になってしまった。
唖然呆然の沈黙をアカ子は強いられる。
当然、おれが、『きみ』ではなく『おまえ』という二人称を使ったからだ。
こっちは動じないから、
「嫌(イヤ)か? 『おまえ』を『おまえ』って呼ぶの」
と言ってから、
「南米(あっち)で鍛えられて強くなったのを示したいから、『おまえ』呼びをデフォルトにしたいんだが」
と、畳みかけ、微笑(わら)いかけて、
「どんなもんだろうか」
と問いかける。
アカ子の目線が斜めになる。斜めになった目線はクマさんぬいぐるみへと寄せられていく。クマさんぬいぐるみに視線を注ぎ込んでいったかと思うと、右手でクマさんの髪をワシャワシャと掻き乱してしまう。
口元から、アカ子の「苦み」や「惑い」をおれは感じ取る。やがて綺麗な両眼がキツめに閉じられる。過剰に閉じられた眼がアカ子の思案を象徴する。
思案のアカ子が再び眼と口を開いてくれるのをジッと待つ。幾らでも待ってあげられる。自信しか無い。南米(あっち)で忍耐力が20倍ぐらい強くなったのだから。
× × ×
室内を無音が包み込んでから20分以上経過した。
手作りぬいぐるみが勢揃いした窓際に、秋の夕暮れが濃くなっていく。
ベッド上から動かずに動けずに俯いていたアカ子が、ちょっぴり顔を上げた。
「はっ、ハルくん……。わたし、わたし……なんだけれど」
150%の震え声が聞こえてくる。
そして、
「……。おなかが、すいちゃったのっ」
という、打ち明け。
「『おまえ』っていう二人称の採用の是非は、棚上げ?」
キモチを楽しくくすぐられながら、おれが訊いたら、
「けつろん、は……ゴハンと、おさけの、あとでっ!!」
と可愛く喚いて、首をブンブン振りまくった。
『幾ら食べても全然太りません属性』持ちのアカ子。
剰(あまつさ)え、『幾ら飲んでも全然酔いません属性』までも兼ね備えているから……今日の晩のおれは、苦労しそうだ。