「ハルが帰ってきて、幸せだろ?」
おれから見て左斜め前のアカ子さんに問いかけたら、
「ハイ。それはもう♫」
という答えが満面の笑みと共に返ってきた。
「現在(いま)のハルは画像でしか見てないワケだが」
おれはそう言ってから、
「強く逞(たくま)しくなったのがストレートに伝わってきたよ。南米大陸でずいぶん鍛えられたみたいだな。カラダだけじゃなくてココロも成長したんだと思う」
アカ子さんは即座に、
「わかりますか?」
と嬉しそうに言い、おれに向かって少し前のめり姿勢になる。
「ハルくんから『脆(もろ)さ』みたいなモノが無くなった気がしてるんです。もちろん、アツマさんには負けますよ? だけれど、例えばわたしがピンチに陥った時、現在(いま)のハルくんだったら、120%の確率で助けてくれると思うんです」
120%かぁ。
強い信頼を寄せてるんだな。
ただ、
「あいつとおれを比較しなくたって良いのに。おれには負けるってきみは言うけど、果たして本当にそうなんかね? 現在(いま)のハルにフィジカルで勝てるかどうか、しょーじき疑問でさ。あんな画像を見ちまった後だから、おれ自身のフィジカルに対する自信が揺らいできてるんだ」
『自信が揺らいできてる』は本音だった。より一層真剣にカラダづくりに取り組まにゃならんと思ったのだ。
だが、アカ子さんは苦笑いと共に、
「えーっ」
とコドモっぽい声を出し、
「フィジカルに自信が無いアツマさんなんて、わたしはあんまり見たくないかも」
と柔らかに不満を表明する。
さらには、
「アツマさんは、『格が違う』んですし」
とも言ってくる彼女。
「『格が違う』?」
発言の意図をおれが訊こうとしたら、彼女は大層優雅にダージリンティーを味わった後で、
「何から何まで『別格』なんですよぉ。わたしのこういうキモチは、素直に受け取ってほしいです」
と言ってきて、
「尊敬してるんですから」
というコトバを付け加えて、眼を細める。
ここで、おれから見て右斜め前の席の侑(ゆう)ちゃんが、
「アカ子ちゃんがアツマさんに対するリスペクトをアツマさんに直接伝えるトコロ、わたしは初めて見るかも」
とアカ子さんに目線を寄せながら言う。
それから、
「アカ子ちゃんにとって、アツマさんって、確か――」
と侑ちゃんが言いかけるが、
「お兄さんみたいな存在よ」
と素早く言い切るアカ子さんがいた。
× × ×
仕事休みで中央区某所の某・カフェに来ている。店名や詳細な立地など言えるはずも無い。
アカ子さんと侑ちゃんは、ほぼ同時におれを誘ってきた。おれ・アカ子さん・侑ちゃんの3名によって構成されるLINEグループが作られ、アカ子さんと侑ちゃんによって瞬く間にスケジュールが形作られた。
3皿目のパンケーキを黙々と着実に食べていくアカ子さんがおれの眼に映る。負けじと? 侑ちゃんは2皿目のアップルパイに取り組んでいる。
2人とも黒髪ロングストレートである。髪の乱れは少しも存在していない。
黒髪ロングストレートのキレイさは、2人の共通点だよな……と思いながら、ホットコーヒーを緩く啜っていたんだが、
「アツマさん」
と、ナイフとフォークを置くと同時にアカ子さんが声を発し、
「支払いは、別々にしましょーね☆」
と、過剰なまでにフワリとした声音で言ってくる。
『悪いよ、おれがきみたちの分も払ってやるよ』と言いたかったんだが、
「そうね。それがベストよね。わたしたち3人、みーんな社会人なんだから」
と、侑ちゃんがアカ子さんに同調するので、『きみたちの分も払ってやるよ』とは言い出しにくくなってきてしまう。
左腕で頬杖をつくアカ子さんが、
「侑ちゃん」
と呼びかけつつ、もう1人の黒髪ロングストレート女子にジワリと眼を寄せ、
「さっきは、『お兄さんみたいな存在よ』と言っただけで、具体的な説明をしていなかったけれど」
と言い、
「わたしのパンケーキもあなたのアップルパイもひと段落したコトだし、アツマさんがわたしにとって如何に『お兄さん的存在』であるのか、存分に伝えてあげようかしら?」
と試すように言って、笑みを満面の笑みにしていく。
「それ、伝え切るまでに何時間かかるの」
楽しそうに疑問をぶつけていくのは侑ちゃんだった。
「所要時間は問題にならないわ」
アカ子さんがそう答えてしまうから、おれの背中を焦りの汗が伝う。
そして、
「わたし、アカ子ちゃんだけがアツマさんに対するリスペクトをコトバにするのって、正直に言って不満なの」
と、侑ちゃんが挑戦的な笑顔でアカ子さんに告げるから、いよいよ面倒くさい事態となってきてしまうのである。
「不満なのね?」
挑戦的な笑顔に挑戦的な笑顔をぶつけるアカ子さん。
「だーって、わたしはアツマさんの『弟子』を自認してるんだもん」
何故か女子高校生的な甘いボイスでアカ子さんに対抗する侑ちゃん。
「その『師弟関係』、妬(や)けちゃうわ」
アカ子さんが侑ちゃんにそう言っておれを戦慄させてから、
「『疑似兄妹』と『師弟関係』、拮抗してるみたいよね」
と指摘した後で、
「互いにカレシ持ちであっても――『疑似兄妹』は不変で、『師弟関係』も不変」
とチカラ強く想いをコトバにして、
「ステキだわ」
と言いながら、テーブル上の呼び出しボタンを右人差し指で押す……。
「あなたの食欲だってステキよ?」
明らかに4枚目のパンケーキを所望しているアカ子さんに流し目を送りながら侑ちゃんがそう言うから、店内の室温とは関係無しにおれの背中が冷え冷えになっていって……!!