【愛の◯◯】身長にこだわって3択クイズ

 

スマートフォンを回収するわよ」

そう言って右手を差し出す。

新田俊昭(にった としあき)くんはスマートフォンをすんなりと手渡してくれる。

手渡されたスマホをベッド上に置く。それから新田くんに向き直り、

「頑張ってね」

と激励すると共に、スマホを手渡してきたばかりの彼の右手をわたしの右手でギュッ、と握ってあげる。

わたしより13センチほど背の高い新田くんの顔をチェックする。やっぱり眼を逸らしていた。

恥ずかしいんだ。

「中学生以下ね」

わたしは簡潔にたしなめる。

「中学生以下って……なにが」

うろたえながら訊く新田くんを遮るように、

「原稿がだいぶ形になってきたんでしょう? 今月中には新人賞に応募するんでしょう? 追い込み、かけなきゃ」

と言ってから、彼の右手から右手を離し、その右手で彼の胸の真ん中をとーん、と突いてみる。

 

× × ×

 

仕事休みだから某・アパートの新田くんのお部屋に来ている。彼が日曜日ゆえにダラけてしまうのも懸念材料の1つだ。ダラけさせないために朝の9時からお部屋に乗り込んだ。朝9時とはすなわちプリキュアの放映がちょうど終わる時刻である。プリキュアを観るぐらいなら許してあげてもいい。しかし、ダラダラとテレビを観続けたりベッドに寝そべってスマホに耽(ふけ)ったりするのは許してあげない。

現在時刻が着実に正午に近づいていたので、

「そろそろゴハンにしましょーよ。根(こん)を詰め過ぎるのもカラダに毒よ」

と、新田くんのベッドに背筋を伸ばして腰掛けているわたしは、デスクに向かって執筆作業をしている新田くんの前のめりな背中に声をかけてあげる。

手を止めた新田くんは置き時計に眼をやりながら、

「もうこんな時間になったのか。早いな」

時間を忘れて執筆作業に没頭していた証拠のコトバだったから、わたしは嬉しくなる。

嬉しいから俊敏に立ち上がって、デスクに向かう彼の背中まで足を近付けて、

「今日のあなたには、『ご苦労さま』って言ってあげてもいいわ。時間を忘れて漫画を描いている姿を、わたしに示してくれたから」

「『ご苦労さま』のハードルが、高くないか」

彼はそう言うけど、

「ばかじゃないのあなた」

とわたしは罵倒する。

「おっおいっ、大井町(おおいまち)さんッ」

慌てだす彼。

「なーに?」

笑いながら突き放すわたし。

 

× × ×

 

漫画執筆作業に没頭する姿を見せてくれたご褒美(ほうび)に、わたしが昼食購入係になり、近所のオ◯ジン弁当からお弁当を調達してきてあげた。

 

お弁当を食べたら眠くなってきちゃったわたしがいた。

6連勤。それなりに肉体面でも磨(す)り減るし、それなりに精神面でも磨り減る。社会人なんだから仕方が無い。新卒1年目なんだから、慣れていくのもまだまだ先のコトだろう。

本来なら、デスクに再び向かった新田くんから眼を離さないべきなんだろうけど、ベッドに着座のわたしは右サイドへとカラダを傾けていってしまう。

 

× × ×

 

「悪い夢を見なかったのは、あなたが提供してくれたタオルケットのおかげかもしれないわね」

タオルケットを膝掛け代わりにして、お昼寝から復帰したわたしはベッドに姿勢正しく座っている。

午後4時が近付いていた。『数行前(すうぎょうまえ)までお昼過ぎだったはずなのに、時間経過の描写がアッサリとし過ぎていないか!?』というクレームは真摯(しんし)に受け止めます。書いてる人の能力不足は疑いようも無いので。

……言い訳はほどほどにしておくとして、デスク備え付けの椅子に腰掛けてわたしの方にカラダを向けてきてくれている新田俊昭くんが、恥ずかしがっているようなご様子をまたもや見せ始めている。

「なによー」

わたしはからかうように、

「あなたからのタオルケットにはホントに感謝してるんだから、視線を逸らさなくたっていいのに。そんな方向に眼を向け続けちゃうのなら、怒っちゃうわよ?」

と言ってから、僅(わず)かに間(ま)を置いて、

「わたしに眼を向けてくれるのなら、怒らないんだけどなーっ」

ドギマギしながら緩やかに視線を寄せてくる新田くん、だったのだが、

「あなた、目線がずいぶん下向きねえ」

と、からかいたくなるのをガマンできないわたしは指摘し、

「タオルケット乗せてるわたしの両膝(りょうひざ)が、そんなに好きなの!?」

と微妙なラインのコトバを出していってから、

「それとも、あなたもしかして、わたしのカラダだと――」

大井町さん大井町さんッッ」

慌てふためいて右手を前方に押し出し『STOP(ストップ)』のジェスチャーをする新田くんが眼に映る。

「おっ、俺は、俺はね!?」

精神状態が混乱の極まりへと近付いていっているような新田くんは、

「きっきみには、大井町さんには、そのっ、キワドい……ようなセリフは、あんまり似合わないような気がするんだっ」

彼の伝えたいコトを上手に理解するコトのできるわたしは、

「はいはい」

と余裕しゃくしゃくに言い、

「わかったから。あなたが喘(あえ)ぎ過ぎると漫画を仕上げられなくなっちゃうから、『キワドいラインを超えるセリフは濫(みだ)りに繰り出さない』って約束するわ」

と、膝の上からタオルケットを取り除きつつ言ってあげる。

ただ、彼に対する翻弄(ほんろう)は、もう少しだけ継続したかった。

だからわたしは、ふわり、とベッドから腰を上げ、

「あなたに要求」

と告げ、見下ろしの目線をジトジトジトッと注ぎ込み、

「近寄ってきて、見下ろしてほしいの」

彼は椅子からカラダを離そうとしてくれず、

「……きみを??」

「誰もいないでしょっ、わたしとあなた以外に、この空間にはっ!」

ピシャリと言う。

言うと同時に、ついつい腕を組んでしまうわたし。

なんだか、今の新田くんの目線の延長線上に、わたしのカラダのわたしが腕組みしている部分があるような気がする。

これは良くない。

「椅子から立ち上がろうとしないなら、『実力行使』するわよ!?」

脅すわたし。

わたしの剣幕(けんまく)に彼は萎縮していったん真下を向く。

でも、椅子から立ち上がるのにそれほど時間を要すコトは無かった。

立ち上がった彼がわたしに向かって一歩踏み出してくれた瞬間に、喜びが湧いてくる。

 

無理に腕を伸ばさなくても抱き締められる位置まで来てくれた。

身長差はおよそ13センチ差。

わたしを見下ろす彼の表情が、だいぶわたしのパートナーに相応しくなってきている。進歩だ。育て甲斐がアリアリなんだから……。

育てたいキモチなら、あふれるくらいにある。だから、

「クイズよ」

と、彼の両眼にしっかりと両眼を合わせながら言い放ち、

「3択クイズ」

とクイズの種類を伝えた後で、

「わたしの身長は、何センチメートルでしょうか? 

 A:160センチ。

 B:161センチ。

 C:それ以外。

 ……30秒以内に答えて」

彼は情けなくも、

「30秒って、どうやって計測すんの」

とか言っちゃうけど、耳に入れなかったコトにして、かかとを床から浮かせて、わたしの顔を彼の顔に急接近させる準備をする。